第20話

 この世界について早くも2週間が経過した。人間は慣れる生き物だとはよく言ったもので、なんやかんやこの世界に慣れてきたような気がする。それも、クズハさんやレナさん、それに屋敷の人達がフォローしてくれているお陰もあるだろう。


 最近ではお屋敷に勤めている人たちからも気軽に話しかけてきてくれる人も増えてきたし、いい傾向じゃないだろうか。さて……。


「あの、レナさん」

「なんだ?」

「あんな風に街中で倒れている人って、こっちじゃ当たり前の光景なんですか?」


 クズハさんのお屋敷を出て少し。大通りに繋がる小道を歩いていたところ、道の隅で横たわっている人を発見したのだ。もしかしたらこっちの世界じゃ当たり前の……。


「そんなわけあると思うか?」

「……ですよね。あの、大丈夫ですか?」

「おい、ったく」


 後でレナさんから小言がくるのは覚悟のうえでその人物に近づき声をかける。冒険者なんだろうか、薄手のマントを羽織り、革製の防具を身に着けていた。腰についているベルトには大き目のダガーが2本ささっている。


「……み、水をください」

「水ですね」

「そ、それと、できれば……」 

「はい」

「ぐぅぅぅぅ」

「……」

「……」

「……何か食べ物買ってきますね」

「ありがとう、ございます」


 その人は頭についている犬耳をぺたんとさせながら、恥ずかしそうにお礼を言ってきたのだった。


「先ほどは本当にありがとうございました」

「元気になったようでよかったです」


 水と食べ物を買い渡してあげると、彼女はそれを美味しそうにむしゃむしゃと食べ始め、あっという間に全て綺麗に完食してみせた。ちょっと多いぐらい買ってきたつもりだったんだけど、彼女には少し足りないぐらいだったようだ。現に彼女の視線は僕が手に持っている串焼きに向かっている。


「よかったらこれも食べますか?」

「よろしいのですか!? あっ、いえ、大丈夫です……(じー)」

「また買うので気にしないでください、はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 彼女は申し訳なさそうに串焼きを受け取ると美味しそうに食べ始める。気に入ってくれたようで、笑顔で食べている様子にこっちも和んでくる。


 見たところ、20歳いかないぐらいだろうか。砂や埃で汚れているけど、くりくりとした瞳が印象的でかなり可愛らしい。


「あ、あの、食べ物を恵んでいただきながらこんなことを言うのはあれなのですが……あまり見られると、その少し恥ずかしいです」

「っ!? すいません、美味しそうに食べていたので、つい」

「いえ」


 これについては10割僕が悪い。だから後ろから突き刺さってくるレナさんからの冷たい視線も甘んじて受け入れるしかない。


「改めてハルトさん、ありがとうございました」

「いえいえ」


 串焼きを食べ終えた彼女は立ち上がり、ぺこりと頭を上げてきた。一緒になって耳までお辞儀しているのがまた可愛い。レナさんよりも少し身長は低そうだから160センチぐらいだろう。


「こんなところで倒れてるなんて何かあったんですか?」

「はい、クーナは主様を見つけるため故郷から王都に来たのですが、路銀をほとんど持っていなかったこともあり、何とか王都まではたどり着けたのはいいものの、力尽き道で倒れてしまったのです」

「そ、そうなんですね」

「ですが、こうして食べ物を恵んでいただいたおかげでこうして復活できました! あっ、でもクーナにはお返しできるものがありません……」


 明るい笑顔から一転、今度は申し訳なさそうにしゅんとする。表情の動きが大きいこともさることながら、しっぽと耳だけでも感情が伝えられそうなぐらいわかりやすい。


「気にしないでください。お礼の為に助けようとしたわけじゃありませんから。ちなみに主って言うのはどうやって探そうとしてたんですか」

「フィーリングです!」

「そうなんですね」


 もっとこう、条件とか調べてとかそんな感じで見つけるのかと思っていたのだけど、直感的なんだ。


「でもでも、それ以外に条件もあります」

「そうなんですね」

「はい、まず困っている人を見つけた時、見て見ぬふりをしないで手を差し伸べられること」

「それは大事なことですね」

「次に、周りの方々を思いやれること」

「ふむふむ」

「最後に、見返りを求めないこと」

「なるほど……」


 どれも当たり前のことかもしれない。だけど、いざ実践してみようとすると難しかったりするものばかりだ。いい話が聞けた。僕自身これから意識してみようかな。


「……(じー)」

「……クーナさん? どうかしました?」

「困っている私を助けてくれました(じー)」

「はい?」

「自分で食べようと思っていた串焼きを欲しがっていることに気づいて、私にくれました(じー)」

「うんと……」

「助けた見返りを求めようとしませんでした!(じー)」

 あっ、耳としっぽがぴんとたった。


「ハルトさんが私の主様だったのですね!」

「いえ違います」

「いいえ違いません!」

「なぜそっちが否定っ!?」


 あと、この展開に既視感があるんだけど。具体的には一週間前ぐらいにあった神様と会ったとき……。


(呼びましたか?)

(いえ、呼んでないです)


 

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