第15話

「あなたは私の運命の人です」


 予想外の言葉に頭が真っ白になる。運命の人? うん、どういうこと?

 きっと聞き間違い。じゃなきゃ、初対面でいきなりそんなこと言われるわけない。ほんとたまたま、偶然そんな風に聞こえただけで、実際には「あなたはこの屋敷の使用人ですか?」とか言葉に決まっている。


「すいません、さっきの言葉聞き取れなかったので、もう一度言って貰ってもいいですか?」

「あなたは私の運命の人です」

「……」


 聞き間違えじゃなかった……。

 いや、なんで!? 普通に考えておかしいでしょ!? 


「もしかして何処かで会ったことありましたっけ?」

「初対面です」

「あっ、はい」

「……」

「……」


 えっと、これはどうすればいいの?

 もちろん、こんな綺麗な人に『運命の人』と言われて嬉しい気持ちがないわけじゃないけど、それ以上にこの異様な状況への困惑の方が余裕で勝っている。


「それでは、式の日取りを……」

「ちょ、ちょっと、待って下さい!?」


 何処からか取り出した分厚い謎の本を開く彼女に口を挟む。

 いま聞き逃しちゃいけない言葉を言ってた気がする!

 異次元から出てきたように見えた本のことなんて、もはやどうでもいい。


「いま、式の日取りって言いませんでしたか?」

「はい、言いました」

「誰のですか?」

「もちろん、私とあなたのです。私はウェディングドレスというものに興味があるのでヴェローナ王国風がいいです」

「いや……」


 彼女は本の中からヴェローナ王国で流行りのウェディングドレスのページを開いて見せてくる。いつの間にか本には付箋が貼られていることからも、この一瞬の間に複数の候補を選び出したようだ。


「それと恐らく大勢の参列者になりますので、会場は一番大きなところを希望します。それでも入りきらなそうでしたら、新しく作りましょう」

「その……」

「式を挙げた後の生活についてですが、出来れば私の居住しているところに住んでいただきたいです。ただ、あなたがこちらに住みたいというのなら合わせます」

「ごめんなさい、ちょっと待って貰えますか!?」

「はい」


 次々伝えられてくる要望に頭が痛くなりつつも、何とか話を中断させることに成功した。不思議そうな表情を見せる様子は大変可愛らしく、平時のときだったらドキドキさせられていただろうけど、生憎とこちらにはそんな心の余裕すらない。というか訳が分からない。


 落ち着け、自分。こういう時こそ、落ち着いて行動するべきだ。

 大きく深呼吸をして、いま起こったことを頭の中で整理する。


 クズハさんの屋敷の庭でのんびりする→いきなり凄い美女が現れ、運命の人と告げられる→式の予定と今後の生活についての話をされる。


 落ち着いたところでどうにかできる話じゃないわ!!!

 ねぇ、どういうこと? ドッキリとかじゃないかな……。クズハさんとレナさんが隠れてたところから出てきて、ドッキリでしたって言いに来てくれないかな。ほんとに。でも、これだけは言わないと。


「あの……」

「はい」

「すいません、会ったばかりの人といきなり結婚はできないです」

「!?」


 あの、物凄い衝撃を受けているようですけど、普通のことですよ?

 もしかしてこの世界って会ってすぐ結婚とか普通なのか? いやそんな訳ないだろう。


「何故ですか? 私は美しい容姿をしていると思いますが。もしかして何処か気に入らないところがありましたか?」

「いえ、そんなことは……。普通に綺麗だと思います」

「胸も平均以上には大きいですよ?」

「ぶっ!」


 彼女は自分の胸を両手で持ち上げるようにして強調してくる。目がそこに向かいそうになるのを理性で必死に抑える。確かにイメージよりも大きそうってそんなことを考えている場合じゃない!


「えっとその、普通こういうのはもっと、デートとかして少しずつお互いの距離を縮めていってからするものだと思います」

「なるほど……そういうものなのですね」

「そうです」

「わかりました」


 彼女は考え込むような仕草を見せたのち、こくりと頷いてくれる。よかった、どうなることかと思ったけどわかってくれたみたいだ。あまり一般常識を知らなそうなあたり箱入り娘だったりするのかもしれない。何にせよ、物分かりが良いみたいでホント助かった。これで一先ずは一件落着……。


「では、恋人としてデートに行きましょう」

「ん? あの、わかってくれたんですよね?」

「はい、つまりすぐに結婚するより、恋人としてイチャイチャしたいということですよね?」

「……違います」


 そこから小一時間かけて彼女に説明を続け、最終的にまずは友達からということで落ち着いた。よく考えてみれば、そもそも彼女、最初は『お茶しませんか?』って言っていたはずだ。それがどうして何もかもをふっとばしてこようとしたのだろう。


「時にハルトさん」

「なんですか?」

「偶然出会った2人が翌日ばったり再会したら、それは運命だと思いませんか?」

「そうかもしれませんね」

「なるほど……」


 彼女が出してきた白い椅子に座り、これまた何処からか出してきたテーブルの上に置いてある紅茶を飲みながら答える。もう何もツッコむまい。魔法の収納袋とかがあってそこから出していると思うことにする。と言うかもうそれでいい。これ以上、何も考えたくない。紅茶美味しいな~。


 そこからさらに1時間ほどお茶をして、彼女は席を立ちあがる。


「では、私はそろそろ帰ります」

「わかりました、紅茶ごちそうさまでした」

「はい、ではハルトさん、また明日」

「はい、また、あ、す?」


 僕が再び視線を向ける頃には、彼女は既に屋敷の正門を抜けようとしているところだった。帰るときは普通に正門からなんだ……。


「なんか疲れちゃったな」

 楽しくないわけじゃなかったけど、それ以上に頭を使うことが多すぎた。部屋に戻って休むことにしよう。


 あれっ、そう言えば彼女に名前言ってたっけ? 

 それに彼女の名前を聞きそびれてた。そう思った直後、頭の中に『ルディアーナ』と浮かんできた。


 ……今日はお風呂に使ってゆっくり寝よう。

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