第21話 飛行船フライハイト③

 両岸に大陸の絶壁がそびえ立つ雲の大河、バルハラ大峡谷。

 壮大な景色の中、雲の上をゆっくり滑るように飛んでいく飛行船フライハイト。


 ゴンドラの最後尾には、大きな搬入ハッチを備えた貨物室があり、退屈な船旅にコルルが首と尻尾をまるめて眠りについていた。

 コルルの伸びた爪を研ぎ、グルーミングを終えたロンは、機械の部分に異常がないか体を撫でながら確かめていく。


 やさしくコルルの頭を撫でていたロンだが、ふと違和感を感じ手を止めた。

 コルルの頭を覆うヘッドギアは、身を守る防具にしてはあまりに繊細なつくりをしていたからだ。


 思いたったように、貨物室から出ていくロン。


 居住エリアをぬけ、ブリッジの後ろに設けられたサロンに入ると、部屋の中心に輝くエレキタイトがセットされた動力支柱があり、そのエネルギーを使いハナがお湯を沸かしていた。

 支柱を取り囲むように設置された椅子には、左手のメンテナンスを受けるベルマンと、工具をくわえたロジャーが座っている。


 「あら、ロン。ちょうどいいところに来たわね。ステラにもらった、スカイエルフのコーヒーを作ったの。朝ごはんも、まだでしょ。パンも、持ってきたわ」


 ロンとロジャーにカップを手渡し、ブリッジで操縦するスピカにも声を掛けるハナ。


 「スピカも、コーヒー飲む?」


 「スピカ、コーヒー嫌〜い。苦いも〜ん」


 カップに鼻を近づけ、クンクン匂いを嗅ぐロン。


 「すごくイイ香りじゃないか。ハナは、飲まないの?」


 「わっ…私は、刺激が強いからいいわ」


 工具を置き、コーヒーをすするロジャー。


 「ズズズ〜〜〜。あぁ〜〜〜。こんなに美味しいのに、何故かね? ヨルムンガンドの貴族のあいだで、とても人気のあった高価な嗜好品なのだよ」


 「私は、紅茶派かな………。ワイバーンも、この実を食べるのよ。きっとコルルも、気にいるわ………」


 「そうだね! でも、コルルの頭は、鼻先までヘッドギアに覆われているから、この香りがわかるのかな〜。ところで、帝国のドラゴンは、何故みんなヘッドギアをかぶっているんだ? あの紅蓮のフレアも、よく似たのをかぶっていたし」


 目を閉じコーヒーの香りを嗅ぎながら、ロジャーが答えた。


 「本当かどうかは分からないが、ヘッドギアを被せられた者は帝国に従順になってしまうと噂されている。ヨルムンガンドの空は、深紅のフレアが率いる紅蓮の薔薇部隊が目を光らしているが…。彼女達も昔は、ヨルムンガンドの少女だったのではないかと噂されている。………そんな、心まで支配されたヨルムンガンドに、君達は何をしに行くのだ?」


 ロジャーは、目を開きハナに視線を向けた。


 「………ベルマン」


 考え込むハナ。事情を上手く言葉に出来ないハナにかわり、ベルマンが事の次第を話し始めた。


 「はっ! 皆さんは、信頼できると思われますので、詳しくお話いたしましょう。事の始まりは、ヨルムンガンド戦役で行方不明であった私の友人ブルMk-Ⅱが、幽閉されていた姫様と私の前に突然現れたからです。戦争で心も体も傷だらけだった彼は、ヨルムンガンドのレジスタンス組織にかくまわれていたようです。その組織のリーダーから、姫様を連れ出すように指示を受けたようですが、当時の私は帝国への忠誠心もあり、追い返してしまいました。それから、私も姫様も悩み続けたある時、姫様から脱走すると提案されたのです。駆け出す姫様を止めることもできず、かといって放っておく事もできず、一緒に逃げ出してきました」


 ロジャーはカップを椅子に置き、ハナをじっと見つめて問いかけた。


 「レジスタンスにくわわれば、命に関わる危険がともなうぞ。帝国に飼いならされていた方が、よっぽど安全だと思うが、覚悟の上なのだな」


 一見穏やかそうだが、眼鏡の下に眼光が鋭く光っていた。

 ハナは、唾を飲み込むようにうなずく。


 「………。  気に入った! 私の船を使え! ただ…、エネルギー不足の欠陥品だがな! ハッハッハッハッ」


 「イッエーーーイ!」


 突然叫び、大笑いを始めるロジャー。ブリッジからも、スピカの声援が聞こえてきた。


 「やっぱ、ハナはスゲーや! 俺なんか、な〜んにも考えてね〜もんな〜」


 ロンも屈託のない笑顔で褒めたが、どこかよそよそしい雰囲気のハナであった。


 「ところで、ヨルムンガンドに侵入してから、どうやってレジスタンスと接触するのだ?」


 ベルマンに、具体的な事をたずねるロジャー。ベルマンは、何かを懐かしがるように上を見上げて応えた。


 「ブルMk-Ⅱはさり際に、ヨルムンガンドの戦いで一緒に耐え凌いだ小さな教会で待つと………。きっと、そこで落ち合えるはずです」


 「んっ!? じゃあ、ベルマンも昔、帝国兵としてヨルムンガンドで戦っていたのか?」


 「フォールミーで育ったロンは、あの戦争の悲惨さを知らないのですね。あの時代を生き延びた男や機械は、皆戦士だったのですよ。何を隠そう、陥落するヨルムンガンド城から、幼かった姫様を抱きかかえ逃げ救ったのは、他でもないこの私です」


 「へぇ〜〜〜。意外だな〜〜〜」


 「まったく、よく喋る機械人形だ………。ズズズ〜〜〜」


 再びカップのコーヒーをすするロジャー。


 「報告で〜〜〜す。前方に、ラ・グリシーヌが見えてきました〜〜〜!」


 スピカの元気な声が、ブリッジから聞こえてきた。

 その呼び声に、ロン達はブリッジへ駆け出していく。


 ラ・グリシーヌ


 バルハラ大峡谷の雲河にそびえ立つ巨大な岩に、グリシーヌの花が咲きほこり、まるで青い花を咲かす一本の巨樹のようだった。


 ロジャーは、威勢よく指示を出す。


 「スピカ! そして乗組員に告げる! 上陸準備をしたまえ!」


 『ラジャー!』

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