第3話 バラック街

 ロンとハナは、岩壁に打ち付けられたハシゴを登っていた。強風に吹かれながら、採掘都市フォールミーへと手足を交互に進める。

 ロンが何かの気配を感じたようだ。霧が漂う崖の遙か先を凝視し、指を咥えた。


 『ピイッ』


 指笛のかん高く大きな音が、風にのって響いていく。


 『ピイッ ピイッ』


 ロンの指笛に反応するように、霧の先から指笛の音が微かに響いてきた。その指笛の音と共に、ロープに吊るされた男が振り子のように近づいてくる。


 『ガキュンッ』


 その男は、左手に備え付けていた機械からアンカーを打ち出した。


 『キュルルルル〜』


 固定されたアンカーからのびるワイヤーを、左手のウインチが巻取り男が近づいてくる。


 「無事だったの、アニキ!」


 「BB!? 救けに来てくれたのか?」


 BBと呼ばれる男は、ロンより少しばかり幼く小柄であった。


 「当たり前じゃないか。ワーカーの残骸しかなかったから、心配したんだぜ。アレッ!? 何処のバーで、女の子を引っ掛けたの?」


 「バカヤロー! これには、色々事情があるんだよ」


 「ったく…ワーカーを壊したから、親方がご立腹だよ。女の子とデートしている場合じゃないよ」


 「違うのです。私は救けていただいて、きっとその時にワーカーと言われる機械が駄目になってしまったのです」


 「あのハゲオヤジ、俺の心配ぐらいしろよな〜」


 「俺は、親方にアニキは無事だったって報告しとくから、アニキは親方の所に行って言い訳をしてきてよね。女の事は、黙っとくから」


 『カチンッ キュルルルル〜』


 BBはアンカーを引き抜き、腰のウインチを巻取り、頭上の採掘都市フォールミーへと引き上げられていった。


 「弟さんなのですか?」


 「違うよ。俺達は、ヨルムンガンドの戦災孤児なんだ。帝国に売られて、ここで働かされているんだ。アイツとは、兄弟みたいなもんだけどな。頭が良くて、いつも助けられるんだ」



 途方もない長さのハシゴを登りきり、ロンとハナは採掘都市フォールミーにたどり着いた。


 「ふぅ〜、着いた〜。手も足も、パンパンだね」


 「ふへ〜ん」


 変な声を出して地面に座り込むハナ。時折見せるか弱な一面を、頬を指でかきながら見つめるロン。しかし親方への報告を早く済ましたいのか、女性といるところを見られたくないのか、周囲に気を払う様にキョロキョロ目線を動かしている。


 「…あれ…、やけに静かだな…」


 「ふへ〜。皆、ロンの事を心配しているんじゃないですか」


 「そんな事無いよ。普段は皆、肩がぶつかっても仕事をしているよ。それにここも、あちこちから鉱石を載せたトロッコが、いつも行き交っているんだ」


 ハナは、重い腰を上げオシリのホコリを払う。『パンパン』と乾いた小さな音が、反響して聴こえるほど静かだ。


 トロッコのレールの上を、トボトボ歩き出すロン。後を付いて歩くハナは、初めて見る異質な世界に見入っていた。ロンが歩くレールを支える骨組みや頭上の岩壁には、絡みつくようにバラック小屋がひしめき合い、屋根や床下からハシゴがのびている。ここでは、ハシゴが玄関なのだ。

 行く手の先には、巨大な鉄骨の塔が雲海を突き抜けるようにそびえ立っていた。その塔には交互に上下する昇降機が設置されており、その大きさたるや一軒家がスッポリ収まるほどの大きさだ。

 その昇降機の搬入口から、帝国兵が翼の無いガッチリとしたドラゴンに乗って出てきていた。


 「あつ、ハナ。見てごらん、塔から帝国兵が降りてきているよ。アイツ等に頼めば、ヨルムンガンドまで連れて行ってくれるんじゃないかな。アイツ等の乗っているドラゴンは、ハナが乗ってきたドラゴンと違って、翼が無いんだね。アレは、ドレイクかな…?」


 帝国兵を指差すロンの後ろに、ハナはサッと身を隠した。


 「あの帝国兵は、私を捕まえに来たのです」


 警戒するハナの動きに、ロンは尋ねることができなかったハナの事情を悟った。


 「えっ!? あ…、ゴメン。やっぱり事情があったんだね。あ…、そうだ、すぐソコに俺の家があるんだ。俺は、親方にワーカーを壊した事を報告しにいかないといけないんだ。ハナは、俺の家に隠れていてよ。汚くて狭いけどね」


 ロンの家は、この街では一般的な有り合わせの廃材で作られた一部屋しかない小さなバラック小屋であった。家具といえば、支給品の食料を温める簡易のコンロと部屋を照らすランタンぐらいしかない。あとは、針金で服や食器が壁に吊るされていた。


 「…っな。汚くて何も無いだろ…」


 言葉に詰まり、資材運搬ケースを並べて布を敷いただけのベットにチョコンと座るハナ。ベットの上に無造作に置かれた本を手に取った。それはドラゴンについての事が書かれた、古い日記であった。


 「ドラゴン…?」


 「父親がさ…、ドラゴンライダーだったんだ。顔も見たことがないけどさ…。じゃあ、行ってくるよ」


 「えぇ…」


 ロンが立ち去ると、ハナは古い日記に目を通し始めた。そこにはロンの父親が出会った様々なドラゴンの生態が記されていた。とりわけドラゴンに興味があるわけでないハナは、ペラペラとページを流していく。

 あっという間に見終わろうとしていたが、突然血で染まったページが現れ指が止まった。


 『漆黒の翼、バハムート』


 冒頭の一行に、ハナの手が震えはじめた。そして麗しくも愛くるしかった瞳は、瞳孔が見開き憎悪に満ちていく。

 その先のページは破き取られ、残されたページは書きかけの一文で終わっていた。


 『まだ見ぬ愛しの我が子、ロン・デッキランナーへ』


 『パンッ』


 ロンの部屋に、本を閉じる乾いた音が響く。


 親方に報告をしに、精製工場へ向かったロン。都合良く昇降機の搬入口前に広がる広場で、帝国兵に媚びを売る親方を見かけた。


 「親方! 無事帰還しました」


 『バシッ』


 「いって〜」


 「何が無事だ! ワーカーは、どうした!? アレはな、オマエが一生働いても変えねえ金額なんだぞ!」


 「ウインチが外れて、フォール・ダウンの底に落っこちたんですよ。なんとか飛び降りて、助かったんだ。あんなポンコツに乗ってたら、命がいくつあっても足りない」


 「さっきも言っただろう。ワーカーは、オマエの命より高いんだ。引き上げ用のワイヤーを持って、フォール・ダウンに降りろ」


 「オイッ! どうした?」


 いがみ合うロンと親方に、ガタイのいいモヒカン頭の帝国兵が割って入ってきた。


 「あっ。いえ、何でもありません。ガキが言う事を聞かないだけです」


 「フンッ。ガキの躾ぐらい、しっかりしておけ。今から、ボロ小屋を全て調べる。案内しろ」


 「はいっ! オイッ、ロン。俺は、忙しいんだ。テメエ〜は、さっさとワーカーを吊り上げてこい! いいな! しっ、しっぃ!」


 親方に追い払われたロンは、ふてくされながらもモヒカン頭の帝国兵が言った『調べる』がハナの事だと察し急いでかけだしていく。


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