第16話 心の奥に秘めた本当の気持ち

 別れによる哀しみや切なさといった感情。それが何百年ともなれば、心に抱えた孤独感は計り知れないだろう。ゆえに、このような気持ちに共感を覚えたりんは、思わずあいの両手を握りしめ囁いていた……。


「僕はね、置き去りになんかしないよ。ただ、鞄の中にある服を取ってくるだけ。それでも、駄目?」

「服? それって、ひょっとして……」


 あいを安心させるように、りんは優しく微笑みながら話しかける。その表情を見た彼女は、絡めた指先をゆっくりと解いていく。


「そう。僕のだからね、もしかしたら似合わないかも知れないけど」

「いいえ、とんでもございません。りんさまのものなら、どんな物でも嬉しいです」


 りんの言葉を全身で感じるあいは、コートがどんなものなのか想像を膨らませ頬を緩めた。


「なら、良かった」


 こう言い残したりんは、紅蓮ぐれんと別れた場所まで自らの鞄を取りに戻る。そこは、先ほどまで鉄屑で覆われていた瓦礫の山々。今は衝撃によって、全てが崩れたことで遮るものなど何もない。これにより、荒野の周辺一帯には、心地良い暖かな風が吹き抜けていた……。


「さて、これからどうしようかな? あいさんを街まで送り届けるのは、別に構わないけど。野宿しようにも隠れる場所が無いんだよねぇ……」


 目的の場所へ向かうりんは、避難艇が埋もれていた辺りを遠目で見つめ溜息をつく。というのも、いまの状況で一夜を過ごせば、命を失う危険性が非常に高い。なぜなら、パラサイト・オーガは夜行性であり、動きは日中の何倍もの速さ。よって、身を隠すところがなければ、瞬く間に奴らの餌食となり得るからだ。


「っていうかさ、僕にもオーガを倒す強さがあったら、あいさんを守ってあげられるのになぁ……」


 独り言のように自らの無力さを嘆くりん。街まで守りながら、安全に送り届けることの難しさを知る。


「でも、さっきの事が本当なら、僕にだって奴らを倒せるんじゃないの?」


 あいが言っていた秘められた念の力があるという言葉。この意味を思い出すりんは、双方の掌を見つめ強く握りしめてみる。――が、何も起こる気配は感じられなかった。


「だよねぇー、今までそんな力なんて、見たことも聞いたこともないからね。多分、何かの勘違いだよ、きっと……」


 りんは疑問を抱きつつ首を傾げるも、いくら考えても結論など出ない。とはいえ、あいが嘘をついているとも思えず、答えが見つからないまま時間だけが過ぎていく。


「まあ、悩んでいても仕方がないか。とりあえず、今はあいさんを安心させてあげないとね」


 考えても埒が明かないことから、りんは気持ちを切り替え歩き進めること数分。ようやく紅蓮ぐれんと別れた場所まで辿り着く。すると――、そこにあった物は、かばんだけではなく浮遊ボードまで置かれていた。


「うそ、ほんとに!? フローティングボードまであるよ。街まで歩くの大変だからって、置いていってくれたんだね。ありがとう紅蓮ぐれん、すごく嬉しい……」


 浮遊ボードを見たりんは、思わず満面の笑みを浮かべ感謝の言葉を呟く。というのも、この乗り物があれば、街まで早くたどり着くことが出来るからだ。しかし、それは一人で移動する場合に限られる。なぜなら、二人用には作られておらず、乗れたとしても速度はかなり遅い。


「まあ、あいさんがいたのは想定外だけど、一緒に乗っても歩くよりはましだよね」


 りんは浮遊ボードに駆け寄ると、紅蓮ぐれんの温かな想いを感じ取り暫く余韻に浸る。


「やっぱり、紅蓮ぐれんは優しいなぁ……。でも、その気持ちって、兄弟としてなんだろうけどね。だから、このままでいいんだよ。その方がずっと一緒にいられるもの。仮に好きっていっても、相手は迷惑なだけ。だったら、何も言わない方が幸せなのかも知れない…………」


 両親を天体衝突によって失い、野垂れ死にそうなりんを救ったのが紅蓮ぐれん。これにより、二人は血縁関係ではないものの、幼い頃から本当の家族として共に生きてきた。そのため、彼からの優しさを身に染みて感じるも、それは愛ではなく弟を想うが故の想い。


 秘密を打ち明けなければ、今の間柄が壊れることはない。こう考えるは、紅蓮ぐれんに対する気持ちを心の奥底に仕舞い込むのであった…………。

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