第2話 2度目の出会い
敗戦してから10日ほど過ぎた冬の夜に国王から呼び出しがかかった。
敗戦処理などで我が国はてんやわんやの状態……リンデンバーグの国政にボルアネアが介入してくる事になっているので、お父様は常にピリピリしている。むしろその程度で済んでいるのだから、感謝するべきではないかしら……敗戦国の王族なんて処刑され、国を追われる事も少なくない。
まだ国の管理を任せてくれているだけ、ありがたいと思うべきだわ。でも我が国の王族では、そう考えるのは難しいでしょうね…………皆強欲の塊だし。
国がそんな状態で、お父様が私を呼ぶなんて珍しい事もあるものね…………私は国王の4番目の側妃の娘で、お母様は身分が低かった事もあり、私たち親子のお城での待遇は平民以下の生活だった。
北の塔に半ば幽閉状態で、満足な食事も来ず……
お母様は生まれてきた子供が女の子だった事に落胆してしまって、私の事をいない者として扱っていた。私を見るとここでの嫌な事を思い出すんですって…………自身の身分は低くとも、せめて生まれてきたのが男の子ならお城での待遇も違っていたのでしょう。
そうしてそのまま私が10歳になる前に儚い命を散らして逝ってしまった。
国王であるお父様は男児を生めなかった4番目の側妃など亡くなってもどうでもよく、残された私は女児であった為、存在は空気のようだったくせに何故か城からは出してもらえない。
城から出た時だけ、様々な手を使って痛めつけてきて……兄弟姉妹は私が目障りなのか、痛めつけられた私に対して嫌がらせをしてくる。長いシルバーアッシュの髪は年寄りみたいとバカにされてきたから、今でもあまり好きになれない。
大きな目は化物と言われ、人間の住む国に来るなと蹴られた事もあるし、私は自分の見た目が好きになれなかった…………何も望んでいないのだから、空気として扱ってくれればまだ過ごしやすかったのに……
私の味方はエリーナだけ。お父様やお母様に空気のように扱われてもエリーナが私に色々な事を教えてくれて、いつでも一緒にいてくれた……だからエリーナを失うくらいなら、あの森で剣を向けられた時も本気で死んでも良いと思っていた。
そんなお父様からのお呼び出しとあって、殊の外緊張しながら玉座の間に入った。入った瞬間、異様な雰囲気…………兄弟姉妹はニヤニヤしながらこちらを見ているし、国王も王妃殿下、側妃達も皆変な笑みを浮かべている。敗戦したばかりの王族達が、どうしてこんなにニヤニヤしているの…………
「…………ロザリア、よく来たな。お前に朗報だ……我が国を敗戦に持ち込んだボルアネア国から、戦利品にと娘を差し出せという話が来てな…………」
お父様が突然話し始めたと思ったら、ボルアネア国から?戦利品?…………まさか……………………
「…………先方からは第5王女をと、直接打診があったのだ。私としても娘を差し出すなど、したくはない…………しかし…………そなたが嫁いだら、我々に国政を任せてもらえる事に…………」
その後からお父様の話は一切耳に入ってこなかった。体のいい厄介払いではないの。私がボーっとしているのを見兼ねて、第2王子が口を開く。
「お前を所望してきたのは、我が国を敗戦に追いやったベルンシュタット辺境伯だそうだ!ははっあの冥王と言われる憎き辺境伯に嫁ぐだなんて、お前も運がいいな!」
そう言って高らかに笑うお兄様…………他の兄弟姉妹も笑ったりニヤニヤしたりと皆嫌味な顔をしているわ。
ベルンシュタット辺境伯が………………これはチャンスかもしれない。あの時言えなかったお礼を言いたいし、この醜悪な城から抜け出す事が出来る……
「……お父様、承知いたしました。ロザリアはベルンシュタット辺境伯に嫁ぎたいと思います。王妃殿下、お兄様方、お姉様方、皆さまもお元気で……お過ごしください」
私は自分の中で最高のカテーシーをして、玉座の間を後にした。
後ろからお兄様らしき人物の叫び声が聞こえるけど…………そんな事はもうどうでもよくて……早くこの城を抜け出したい一心だった私は、部屋に戻り次第、出て行く準備を始めたのだった。
~・~・~・~
お父様から通達された3日後、私は誰に見送られる事もなく、城を出立した。
お城で私に仕えてくれていたエリーナは、もちろん一緒に行ってくれる……置いていくなんて出来ないものね。エリーナが来てくれれば見知らぬ土地でもちょっぴり安心だわ。
季節は冬の終わり……二人で質素な馬車に揺られながら、リンデンバーグ国とボルアネア国の国境まで差し掛かった。
関所では役人が私たちを怪しげな目で見ている……それもそのはず、私は花嫁とは程遠い質素な服装で来た。お城でもドレスを新調してもらった事などないから、そもそも持っていない。
こればかりは仕方ないのよね…………でも通行証を見せると、私がリンデンバーグ国第5王女だと納得してくれて通してくれた。
良かった…………無事に国境を越え、ボルアネア国に入る。
「姫様、無事に通過出来て良かったですね!」
エリーナが満面の笑みでそう言うのでおかしくなってしまった。
「ふふっエリーナったら……そんなにリンデンバーグを出られた事が嬉しいの?」
「もちろんです!あそこにいたら、姫様も私も腐ってしまいます……ようやく息が出来たような気がします」
「エリーナったら……まだ歓迎してくれるとは限らないわよ。でも、そうね…………あそこにいるくらいなら、他所で生活した方がマシだと思えるかもしれないわね……この結婚が吉と出るか凶と出るか分からないけど、私は少しだけワクワクしているの」
私がそう言うとエリーナが涙ながらに両手をガッチリ握ってきた。
「姫様~~きっとこのエリーナが姫様を幸せにしてみせますから!」
「……もう、エリーナは大げさね。それにもう姫様じゃなくなるのよ。まだ14歳だけど、ベルンシュタットには嫁ぎに来たのだから……」
「は!そうですね!今度から奥様って呼ばなければですね……承知いたしました!」
「………………だから、まだ早いってば……」
私の後半の言葉は、エリーナに全く届いていなかった。
そうこうしている内にベルンシュタット辺境伯領の城下町に入り、遠くに大きな城が見える。ベルンシュタット辺境伯領はとても大きく、国とは別に強大な軍を持ってボルアネア国の国境を守っている。
そんな軍を持つ領地ともあって、戦になっても守りやすい造りになっているのは一目見れば分かった。城は領地を見渡せる高台に造られ、城の周りは強固な城壁が幾重にもそびえ立っている。
国の中枢から遠い辺境とあって、1つの国のような造りなのね…………それだけ力があるという事がヒシヒシと伝わってくるわ。ベルンシュタット辺境伯は長きに渡って続いていたリンデンバーグとの争いを終わらせ、勝利に導いた英雄ですものね。
そんな方の妻になるべく敗戦国からやってきた、みすぼらしい第5王女…………辺境伯にとって何のメリットがあるのだろう。
しかも私は14歳、いくら12歳になれば法的に結婚出来るとは言ってもまだ14歳の私にあの辺境伯が女性として見るとは思えない……白い結婚になるのは目に見えているわ。
それに辺境伯には想い人がいると…………お兄様が余計な情報を伝えてきた。
私は愛される事はない、と言いたいのね…………元から愛される気なんてないから、わざわざ伝えてこなくていいのに。最後まで私が不幸になると言いたいのね………………心配しなくても幸せな人生は諦めているから。
あの国の王女として生まれた時点で…………そんな事を鬱々と考えていると、突然馬車が止まる。
「?」
「……着いたのでしょうか?」
エリーナが不思議そうな顔をしている。私が馬車の窓から外を覗こうとした瞬間、扉がバンッと開いた――――そして甲冑を付けた大きな手が入ってきて「……ロザリア姫、手を」という声が聞こえる。
これは私の手を乗せればいいの?
エリーナを見ると頷いていたので恐る恐る手を乗せると……突然ぐいっと引っ張られ、鎧をしっかり着込んだ真っ赤な髪色の大きな男性に抱っこされる形になった。
「え…………え?…………」
この真っ赤な髪は…………あの時森で助けてくれたあの人だ………………テオドール様……私を抱っこするような状態なので、テオドール様の顔が目の前にあり、私は驚きを隠せなかった。
精悍な顔付きなのに目は垂れ目で細く、優しそう……とても美しいわ…………冥王とまで言われている人物とは思えない美しさ。
テオドール様は私の顔を見るなり、ニコッと優しい笑顔を見せて「ようこそ、ベルンシュタット辺境伯領へ。お待ちしておりました、ロザリア姫」
私は抱っこされている恥ずかしさも忘れて、目の前の優しい笑顔に釘付けになってしまった。これが私の人生で初めての恋で、最後の恋になる人との出会いだった。
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