01-05 ENCOUNTERーKAGUR4ー(痛い)
非常に整った、生活感の薄い室内。
そこにあるのは白を基調とした最新ハイエンドクラスのフルタワーデスクトップPCに、デザインの統一された世界でもトップクラスであるメーカーのゲーミングデスク環境。
更にその隣には、購入者が数えるほどしかいないと言われるフルオーダーメイドの『コックピット』が鎮座していた。
ここは主に生放送配信やオンラインのゲーム大会への参加を始めとした、いわゆるゲームの為だけにある部屋である。
この部屋の主――
「……ふぅぅぅ」
床にはカーペットを敷いてある場所があるにも関わらず、どうしてわざわざPCの前でこんな事をしているかと言えば、それは偏に
神楽の仕事はプロゲーマーであり、『KAGUR4』名義でゲーム配信でも収益を得ている。
主にジャンルとして最も人気の高いFPSをメインに活動しているものの、趣味や配信では様々なジャンルのゲームを分け隔てなく触れている程度にはゲームが好きな……否、ゲーム廃人と言える。
そんな彼女には、非常に
ゲーミングチームに所属しプロゲーマーとして活動する都合上、周囲には活動のメインジャンルであるFPSを好む人達ばかりで、他のジャンルを長時間プレイする人というのは非常に少ない。
配信でも単発的に出来るホラーゲームなどの簡単で短いゲームならまだしも、他のジャンルとなってくると視聴者の数はハッキリと桁が減る。
需要がある以上、視聴者が求める配信を供給する必要があるとはいえ、FPSばかりプレイし続けるのは神楽にとって息が詰まるほどの苦行と言える。
流石に大会直前ともなればワガママなんて言っていられないが、その他の時間には割と自由に遊んでいたりするのだ。
そんな神楽が現在起動しているのはメカニズム・フロンティア・フロントライン、そのガレージメニューのメール機能だ。
意を決して送ったメールに、今か今かと返事を待ち続けること数時間。他にやるべき事があるにも関わらず、いつ返ってくるかも分からない返信に胸を高鳴らせているのだ。
送り先は『RI2E』という人物。会った事も無ければ性別も年齢も知らない。チャットすら交わしたことのない見ず知らずの人である。
いや、正しくは『一方的に知っている』というべきか。
初めてその名を見掛けたのは、非常にマイナーな『ハントランド』というゲームである。
内容はタイトルの通りハンティングで、一時期流行った恐竜がテーマの作品。
現在はストアページが閉鎖されて新規に購入できない、ある意味幻のゲームとも言えよう。
「……まあ、クソゲーには違いないよね」
座禅しながらも時間単位で待ち続けていれば、割とどうでもいい事が頭に浮かんできたりするもの。思い出に浸る様に『ハントランド』の事を考える。
ハントランドを一言で説明するなら、リアルな恐竜狩りゲームだ。
舞台はどことも分からぬ絶海の孤島で、漂着したらしきプレイヤーキャラが島内に落ちている武器を拾いながら、延々と恐竜を狩り続けるというもの。
難易度の設定変更は無く、最初から最後までハードモード。慣れていても少し間違えばすぐに死ぬ。カグラとてリスポーン回数の桁は軽く三桁を超えているはずだ。しばらく起動していない今、またプレイしても最弱の恐竜に何度やられるか分かったものではない。
プレイヤーキャラはスキルや強化など何もなく、少ない体力とスタミナで生き抜かねばならない。
走る速度も遅く、一度恐竜に見つかれば逃げる事は許されない。最弱の恐竜でさえ対処を間違えれば、いとも容易くオヤツにされてしまう。
基本的に一人でやるこのゲーム自体も単調で、タイトルをネットで検索すれば大抵出てくるのは『クソゲー』という評価。恐竜の種類も少なければやる目的も終始狩る事ただ一つ。何をどう間違えても神ゲーなどとは言えるはずもない。むしろ『噛まれゲー』である。
それでも神楽にとっては『好きなゲーム』の一つである。
何が良いとは言いづらい。なのになぜか夢中になってしまう。そこはかとない中毒性がそこにはあるのだ。
他のプレイヤーも続けている人はかなりヘビーな中毒者ばかりらしい。
キルスコアのランキングを見れば、ある順位を境に桁が変わる。それも一つ二つではない程に。トップクラスにまでいくと、最早チートを疑うレベルでおかしな数字だったりする。
そんなランキング故に現在では神楽でも比較的下の方――なお桁が狂うラインから下は除いて――であるが、国内ランキングでは一度だけトップになったことがある。
最も熱中していた時期だっただけに、一位に『KAGUR4』の名が表示された時は本当に嬉しかった。
今思えば何をとち狂っていたのかと思うが、食事も睡眠もその他普段の生活全て投げ捨てて成し遂げた一位の称号が、何よりも自分に幸福感を与えてくれたのだ。
誰に誇れるでもない。誰が褒めてくれるでもない自己満足にしばらく包まれながら、何度目とも分からぬランキングの項目を開いたところで、神楽の世界は凍り付いた。
自分の『KAGUR4』が、二位に下がっている。
怠慢などなかった。国内一位の座を得てからも狩りは止めず、むしろ圧倒的に差を広げ続けていたはずだった。
その名前は見た事がなかった。少なくとも自分が順位を上げ続けていた頃には見た記憶が無い。一位を得てからも上位に名を連ねてはいなかったはずだ。
その、『RI2E』という名前を。
悔しい気持ちは確かにあった。命を削って勝ち取った栄光が、ほんのひと時だったから。
どこかワクワクする自分がいる。いとも容易く追い抜く人がいる事実を感じて。
それから神楽は、あらゆるゲームでランキング一位を狙い始めた。
クラフトサバイバル、スマホMMORPG、パズルゲーム、アリーナバトル、そして、FPS。
他にもジャンルのよくわからないゲームでも興味があればなんにでもランキングに名を残してきた神楽。
果てには昨年、世界大会一位の座を手に入れるまでに。
その道には、『RI2E』の名が少なくない数残されていた。
連絡をしてみようかと思ったことも、何度もある。
だが、なんて声を掛けたらいいのかわからない。
あくまで自分が意識しているだけで、きっと向こうは知らないだろう。
もし何かアクションを起こせばフレンドくらいにはなれるかもしれない。
その一歩を数年間、踏み出せないでいる。
そんな時に、リアルタイムで
MFFのアップデート直後。ゲームのランキングとPL企業のリスト最上位に、『RI2E』の名前を見付けた。
自然と手が動いていた。
今ならすぐそばにその人を感じる。
そして送ったメールに、どうしようもなくなった神楽は、他の何も考えられなくなっていた。
「――!?」
通知。
急に意識を現実に引き戻された神楽は、それはもう盛大に机の角で膝を打った。
電撃を受けたかの様な衝撃に悲鳴を上げる事も出来ず、それでもどうにか届いたメールを確認する。
――こんにちは、ライズです。
特に予定もないのでいつでも構わないのですが、午後二時頃はどうでしょうか。――
昂る感情そのままに了承を伝えるメールを送信する神楽。
今から三日後の午後二時が楽しみで仕方がない。
今日のうちに会えないか聞かなかったのが非常にもどかしい。
RI2E一人だけの企業であるのは確認したが、拠点のある場所を聞き忘れていたのには気付かない神楽が、そこにいた。
一通り落ち着いたあと、打ちつけた膝がしばらく痛かった。
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