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神屋翔。
歳は二十代半ばにして引きこもり……否、いわゆる『ネオニート』としてゲーム中心の生活を満喫している。
主要な街道から僅かに外れた山中に一人生活する彼は、それでも不自由なく生活出来るだけの環境を構築した。
彼は今現在、メカニズム フロンティア フロントライン――【MFF】を快適にプレイする為の環境作りをしていた。
これまではコントローラーひとつで事足りていたMFFであるが、これからはクルマや航空機まで操る事になる。
このMFFの運営……大企業なだけあって、レースゲームやフライトシューティングゲームなんかも発表しているのだ。
フライトシューティングの方は現実より操作は簡単になっているらしいものの、レースゲームの方はかなり現実的……最早、ドライブシミュレーターと言って良い程に実際の車両の動きを再現している。そのせいで売り上げこそ最上位ではないものの、プロの現場やシム愛好家といった対象から大好評を得ているのだ。
今回のアップデートは、MFF公式ホームページで『企業の総力を挙げて作り上げた』なんて宣伝をしているだけに、各製作チームも開発に関わっているらしい。
今これほど企業の全てを賭けてまで製作しているというのに、どうして『アンダーグラウンド』なる黒歴史とも呼べる闇を生み出したのか……そんな事を思わずにいられないが、それより今は『アップデート後』の方が大事だと、翔はコックピットのカスタムを続ける。
「よし……よし。ハンコンに干渉は無し、と。ロボ用のジョイスティックは……もーちょい出してもいいかな」
組んでは実際にシートに座り、最適なポジションを探して位置調整を繰り返す。
元はクルマ系のゲームをプレイするのに最適化して自作したコックピットは、新たに取り付けた各種操作ツールによって複雑かつ奇怪な装置と成り果ててきた。それでも思い通りのセッティングが出せるのは、ひとえに市販品のみならず部品を自分で作り上げたが故だろう。
金属素材の切り出しや溶接を始めとして、新品の部品すら容赦なく加工して作り上げる事で生まれる
量産品ではない為に失敗する事もあろうとも、自分で組み上げたが故に自分で改善もしやすく、拡張さえも意のままに出来るというもの。
何より、『神屋 翔』という人物は、何よりも物作りが大好物なのである。
とはいえ、組めば動かしたいと感じるのもまた事実。作業の途中――割と高い頻度でゲームを起動し、ベースとなったハンコン――レースゲーム用のハンドルコントローラーを中心としたコックピットも問題なく使えるか確認。ついでにキーボード・マウスでの操作が中心のFPSやサバイバル系のゲームでもテストプレイ。
実際に使う事で浮かび上がる改善点を一つひとつ丁寧に微調整を繰り返し……気付けばゲームに夢中になって数時間飛んでいたり。
単純に組むだけであれば、きっと一日と掛からず終わった筈の作業も、気付けば三日……MFFのアプデ完了があと数時間にまで迫っていた。
「なんとかアップデートには間に合ったかぁ……! さて、時間までなにしよ」
そう言って翔は、凝り固まった体をほぐす様に体を回し、骨をゴキゴキと鳴らす。
辛うじて完成が間に合った、新たなるゲーミングコックピット。
ベースにダイレクト・ドライブのハンコンを前提とした環境故に、剛性は元々高い。
シートは新品のセミバケットシートを使っているので、座り心地も抜群。座面の高さや角度調整も細かくイジれる様に作った為、万が一気が変わった際にも最適なポジションを得られる拡張性。
そして今回の変更点として、生まれ変わったMFFをプレイする為に自作したジョイコンやスイッチ各種……本来これは、翔がMFFを始めた段階で作り始めていたのだが、実際に握る部分――シェルケース自体を初めての3Dソフトでゼロから設計するという暴挙に出たが為に試行錯誤や失敗を重ね、最終的に完成したのがMFFの新エリア発見と時期がダブり……最大級のイベントとも呼ぶべきこのタイミングで、不確定要素も多く繰り返し調整をしている余裕も無く。結局使い慣れたコントローラーばかり使い、出しそびれていたのだ。
それ故に実際の使い心地を確認出来ていない。
本格的に使い始めるのはMFFアップデート後の落ち着いてからの方がいいのだろうが、各種設定だけは事前にランチャーから済ませられるという事で、別のゲームで動作をテストする事にした。
「そうだなぁ……感覚的に近いのは【アシッド ギアブレイク】なんだけど、コンシューマがベースだからキーコンフィグ弄れないんだよな。となると、候補はこれしか無くなるか……」
デジタルコンテンツのゲームソフト一覧から目当てのゲームを探し出す。
インストール済み総数は軽く三桁を超えるソフトが並ぶ中から、しかし手早く選択したタイトルは――
「ロボゲーとは言いにくいけど、ここは『マッド ラッシュ』しか無いな……ッ!」
翔はソフトを起動し、HMDを装着する。
――マッド ラッシュ。通称は『MR』だが、プレイヤーからは『ヒャッハー』と呼ばれる事が多い。
このゲームタイトルはロボというよりカーバトルアクションとでも言うべきジャンルのゲームではあるが、
このMRは、公式で世界観を明言してはいないが世紀末的な作品である。故にヒャッハー。
基本としてはフレームから始まりキャビンや武装、装甲からタイヤ、果てはよく分からないような世紀末としか表現出来ない飾りに至るまで、コストの許す限り自由に組み合わせて作る車輛を使ってチーム戦をするオンラインゲームである。
テスト用のフィールドやいくつかのゲームルールなどはあるが、ストーリーモードは無い。完全にPvP前提のゲームである。数少ないPvEのランキングで常に『RI2E』の名前がトップにある事からも、大半のプレイヤーがPvPを求めているというのが分かると言えよう。
このMRはマシンメイキングからも分かる様に、コストや制限さえ守れば武装を文字通り
基本はいくつかを同じキーに割り当てて同時に使用するか、強力な武装を一つ二つ使う程度であるが、時折コスト最低値の低火力武装を車体に乗せられるだけ乗せて個別に操作したがるプレイヤーが出没する。
その中にライズが含まれるのは言うまでもないが、そんな奇人の欲求すら叶えてしまえる程に自由なキーコンフィグを実現出来るゲームも中々無いのではなかろうか。
これほどまでに高い自由度を誇りながら……いや、あまりにも自由度が高すぎるせいなのか。確かなプレイヤー人口こそいるものの、有名でもなければ話題に上る事もあまりない。新マップやパーツの追加アップデートなど運営も積極的に行われているのにマイナーなのは何故なのかと常日頃思うライズではあるが、今は些事である。
MFFの基本的な武装は両腕に両肩の計四つ。そこからオプション的に一つか二つ攻撃手段を持つ。更にデコイやクイックモーションなどを合わせればキーボード&マウスや通常のコントローラーでは物理的に操作出来なくなったり極端に複雑化してしまうのだが、今回ライズが新調したコックピットならその全てを感覚的に操作しやすくなっている。
その操作系を想定して今まで出来なかったマシンメイキングをMRで行い、それに合わせてキーコンフィグを設定。
いざテストフィールドへと赴き……翔は、打ち震えた。
ジョイスティックを傾けるのに追従する動作。パズルのピースがピッタリとハマるが如くしっくりする感覚。中々ない最高の体験というヤツである。
ベースが車の動きという事でどちらかというとハンコンで操作したい気持ちのあったライズだったが、車輪の付いたロボと考えればそんな違和感など皆無。
感動的なまでに理想的な挙動をする車両に思うがままに操作出来る武装の数々。時間が経つにつれて増していく没入感に時を忘れ、あれはどうだ、これはどうだとMRの世界へとのめり込んでいった。
そうして何気なく見た現在時刻に、翔は人生トップレベルで血の気が引いていく感覚を覚えた。
「ッ……!!」
声にならない悲鳴が、翔の喉を震わせる。
……そう。MFFのアプデ終了予定時刻を、約二時間過ぎているのである。
大急ぎでMRを終了し、ほぼ同時進行でMFFのランチャーを立ち上げる。
最終的な起動準備――整合性のチェックやロードを待つ間、震えが止まらぬ手でタブレット端末を操作し、MFFの公式ホームページを確認。
少々トラブルがあったらしく一時間ほどのアップデート時間延長があったらしいが、それから更に一時間は出遅れた。
アプデ明け直後という一大イベントをほんの僅かでも逃したショックは大きく、本来期待の感情で待ちきれない思いを抱くはずだった起動時間。それが悲壮感と焦燥感に苛まれるネガティブな時間となろうとは誰が予想出来たか。あるいは定められた運命だったのか。
コンマ一秒さえもが長く感じるひと時をどうにかやり過ごし、遂にオープニングムービーが始まる。
――呼吸を、忘れた。
大型エレベーターによって上昇する人型の機体――看板機体とでも呼ぶべきアセンブルの、主人公っぽさ漂う機体が至る所をズームアップされている。ここまではほとんど以前と変わらない。
しかし以前までとは全く異なる展開。出撃準備段階であろうこのシーンに、追加要素として予告されていた航空機やトラックの始動シーンが重ねて入る。
この段階で既に鳥肌が止まらなくなる翔。ゾクゾクと昂る感情を抑えきれずに身悶えが止まらない。
ムービーは更に進み、遂に地上に出た看板機体。直後に映るは【地下】の世界とはハッキリと違う大自然の姿に、鳥が舞う大空。そして、宇宙を漂う衛星から俯瞰した惑星の景色。
突如としてシーンは盛大に土煙を巻き上げながら駆けるトラックを接写で映し出す。それから巨大なヘリや輸送機と思われる大型の固定翼機、比較的小型な戦闘機らしいドッグファイトなどで演出していく。
最後にBGMが消え、エレベーターによって地上に出た看板機体が体勢を低くし、甲高い吸気音を鳴かせ――爆音を轟かせながら急速に飛び立ち、ズームアップしたところでムービーの終わりを示す暗転。
「――――――ッ!!」
最早堪えきれぬといった様子の翔。形容し難い身悶えの様な
Press Any Key と進行を促すタイトル画面すら高揚感を促進してくる。何よりテーマソングで翔のテンションは上限突破してしまった。
初めてのゲームはオープニングムービーくらいは見るものの、タイトル画面は大抵すぐにスキップする翔であるが、そんな事をしてはもったいないと惜しむ様にテーマソングを聴き入る。
再びのオープニングムービー。またしてもじっくり最後まで観賞し、二周目となるタイトル画面に後ろ髪をグイグイ引っ張られながらもボタンを押して次へと進む。
メインメニューのオプションを選択――設定画面を開き、事前に設定したキーコンフィグや各種コントローラーが正しく認識されているのを確認する。
早くプレイしたいと
プレイを開始してチュートリアルとして操作が可能になった段階で一切コントローラーが反応せず、開幕数秒でゲームオーバーになるという惨劇を
諸々のやるべき事を済ませ、遂にやってきた『CONTINUE』の瞬間。
何百と経験してきた『新たな世界』の扉を開くこの瞬間。幾度となく感じたこの感情も、今回はこれまでの比ではない。
ロード中の画面に表示されるアニメーションすら、一新されたデザインが動いているのが堪らなく愛おしい。
刻々とその時が近づき、そして――
[Welcome to FrontLineOS]
暗い背景に浮かび上がる、このゲームの世界で全てのシステムを司るオペレーションシステムとされている『フロントラインOS』の起動演出。続いてサポートAIによるアシスタントという設定のアナウンスが始まる。
〔おかえりなさいませ、マスター。これより【地上】探索を開始する為のトライアルを実行します。【地上】は【地下】空間よりも惑星引力が弱い為、これまでと挙動が異なる可能性があります。システムの調整を行う為、機体の動作確認プログラムを実行してください〕
――遂に、『新世界』の幕が上がる。
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