02:勇者と魔王とオッサン
ふぅ、変な夢だった。エルフとは言え老婆に口内を蹂躙される夢とか、誰得?
そもそも私は愛しい娘を抱き締めて寝ていたはずなのに、何であんな夢を見たんだろう。
パチリと目を開けると、若い女性が心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。う~ん、やっぱりエルフなのね。
「大丈夫ですか? いきなり気を失われたので慌てましたよ」
言葉が分かる。夢の中で寝て、また夢に起きたのだろうか。自分で言っていて意味不明だな。
「あの、私の言葉が分かります?」
「あっ! やっぱりさっきは分かってらっしゃらなかったのですね?」
納得のいったような表情の女性。言葉が通じた。
どうやら私はソファーで寝ていたらしい。
周りを見回すが、私の唇を奪ったおばあちゃんはいないようだ。
「祖母がすみません。優しくしてくれた相手にはもれなくキスをしようとするので、街の皆さんから煙たがられているんですよ」
ああ、だからみんなおばあちゃんを遠巻きに見ていたのか。
私の肩を叩いた女性は忠告してくれたのかも知れないな。
「でも何で急に言葉が通じるようになったんでしょうか」
「さぁ……、祖母なら理由が分かるかも知れませんが、今はお昼寝中なもので。
それに、ここ数年は私にも祖母が何を言っているのか理解出来ないもので、尋ねても明確な答えが返って来るかどうかは分からないですが……」
お昼寝中なのか。エルフでも認知症になるんだな。
っと、視界の左上に“ Now Loading ”なる文字が。首を振っても、目を閉じても消えない。ピコンピコンと点滅して、まるでゲームのロード中のようだ。
一体何なんだ、この夢は。
若いエルフの女性、名前はエリナさん。おばあちゃんはレイラさんだそうだ。
ややこしいな。間違えそう。
あの~、と口を開けるのと同時に、ドスンっ! と大きな音がした。
庭園からか? エリナさんが窓の外を見て、悲鳴を上げる。
「ま、マオリーちゃん!?」
マオリー? エリナさんに続いて外へ出ると、幼女が倒れていた。先ほど街中で宙を舞っていた子だ。
ピンクブロンドの髪の毛、背中には黒い翼がある。
「お、おばあちゃん! おばあちゃん助けてぇ!!」
おばあちゃんと言いつつも、私の足に縋り付いてくる幼女マオリーちゃん。
「何があったの? おばあ様は今お昼寝中よ?」
マオリーちゃんの背中を撫でながら、エリナさんが落ち着かせようとする。
マオリーちゃんは相変わらずパニック状態で、ようやく私の顔を見上げてた。
「ぱ、パパ!? 助けてパパー!! 勇者がまた来たの、殺されちゃうよ~!!」
いや私はパパではありません。
確かに君くらいの歳の娘はいるけれど、パパではないんだよ~。
「うわぁ~! パパ助けてよ~!! 死にたくないよ~!!」
真っ赤な瞳をぐちゃぐちゃに濡らし、私を見上げる幼女。
パニックになっているようだ。かわいそうに。
抱き上げて、頭を撫でる。とにかく安心させないと。
「分かった、助けてあげよう。おじさんに出来る事かな?」
「勇者を殺して~!!!」
勇者は分かるけど、殺して? 勇者は殺すものじゃないよね。
ダンッ! 空から4人の若者達が降って来た。さっすが夢。夢で人は空を飛ぶ。
あれがマオリーちゃんが言う勇者かな? それらしい兜を被り、手にはキラキラと輝く剣を握っている。
でも勇者って正義の味方で、世界を救う為の存在だよね? 何で殺してなんて言うんだろうか。
「手こずらせやがって、さっさと切られればいいだけなのによ」
「勇者様ぁ~、それで切られれば死んでしまいますよぉ~?」
「いいんですよ姫様、勇者様は魔王を殺してこそ勇者様ですもの」
「ですです~、これで勇者様こそが真の勇者であると認められるでしょう。
姫様と勇者様が結ばれて、私達も側室として迎えてもられば人生安泰ですわ~」
何だこの4人組は。話している内容からして勇者と姫様と魔法使いっぽい女の子が2人。
勇者パーティーと言うやつか? 魔王を倒しに来たと。もしかして、私が抱っこしている幼女が魔王って事かな?
ハハッ、ナイスジョーク。
「パパ! お願いこいつら殺して~!!」
マオリーちゃんが指さして物騒な事を叫ぶ。あれが欲しいとわがままを言っているかのような愛らしい顔。
とても魔王には見えないが、背中の羽が黒いのだけはそれっぽい。
痛っ! 私のほっぺたに刺さっているこの角も、まぁ魔王っぽいっちゃぽいか。
ペチンペチン! あ、しっぽまであるのね。
「おいオッサン、そいつを引き渡せ。さもないとオッサンごと消すぞ?」
どうやら彼らは本気でこの幼女を殺すつもりらしい。勇者という割には品がないし偉そうだ。どこか気に食わない。
この夢の世界において魔王がどんな悪い事をして、勇者がどんなに正義の味方なのかは知らないが、自分の娘と同い年くらいの子をハイ殺してどうぞと渡せるわけがない。
「断る」
「そうか、なら死ね!!」
キラキラ剣を肩に携え、左手を前に付き出す勇者とやら。かっけ~っスね、それ。
それがキッカケか、視界左上の文字が、“ Now Loading ”から“Emergency ”に切り替わる。
あ、私死にますか? 夢の中で死ぬと脳も死ぬって聞いた事あるな~。
「魔法防御障壁!!」
「えっ!?」
声の方向を振り返ると、エルフのおばあちゃんが縁側に正座をして叫んでいる。
いつの間にそんなところに?
「魔法防御障壁!!」 ずずずっ
いやお茶飲みながら言われても!? でもとりあえず叫ぶ。
「
はっ!? 何だマジックウォールって!!?
自分で自分にツッコんでいると、目の前に透明な壁が出現し、勇者の手から放たれた炎を防ぐ。
「な!? オッサン魔術師かよ!」
「じゃあ直でサクッとヤっちゃえばよろしいのでは?」
「姫様、お下品ですわよ」
「ですです~、お下品な正妻は側室としてもお恥ずかしいです~」
透明な壁が消えた。直でサクッてのはあのキラキラ剣で切り掛かって来るって事か?
抱っこしたマオリーちゃんが震えている。痛いよ、その角痛いんだよ?
何にしても、あいつらをどうにかしないと。
娘と同じくらいの歳の子を、みすみす殺させる訳にはいかないんだよ。
例え夢であってもね!
夢なら何でも出来るんだよ?
念の為、最後の説得を試みる。
「勇者ちゃん達、帰る気はないかい?」
「はぁ!? 魔王国の王都まで来て、魔王を目の前にして勇者が引き返す訳ないだろうが!」
そうかい、ならば仕方ない。
おじさんが昔見ていたアニメの主人公が使っていた必殺技をお見舞いしよう。
「
左手を空へと突き上げる。
4人の足元に光る魔方陣が出現。眩い光と共に巨大な柱が出現、空へとせり上がっていく。
巨大な柱は空に吸い込まれるようにして消滅した。
カランカラン。キラキラ剣だけを残し、勇者パーティーはこの世から消え去ってしまった。
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