第44話(メリナ視点)最悪の結末
目を開けると、見慣れた天井が視界に入った。
けれどいつも通りの目覚めではないことを、顔の痛みが教えてくれる。
わたくし……お姉さまに殴られて……そうだわ、意識を失ったのよね。
ぼんやりとした頭に、少しずつ倒れる前の記憶が蘇ってくる。しかし全てを思い出すよりも先に、メリナ、という優しい声がした。
「起きたかい?」
「……オットー様」
「君が倒れて、フランク殿の石化病は治った。テレサ殿の言う通り、君の異能は石化病を治すことではなく、人を石化病にすることだったんだね」
今さら誤魔化すことはできない。けれど素直に頷くこともできなくて、メリナはぎゅっと布団を握り締めた。
どうして、どうしてこんなことになっちゃったの?
姉を連れ戻し、昔のように散々いじめて、年上の醜男に嫁がせる。死ぬまで一生馬鹿にしてやろうと思っていたのに。
「姉であるテレサ殿のことも、昔からいじめていたと聞いたよ。君とテレサ殿が言い争う声も部屋の外から聞いた」
淡々とした口調は普段とは違う。いつもはもっとゆっくりと、メリナの目を見て話してくれていた。
身体を起こし、正面からオットーと向き合う。彼の瞳に映る自分の顔は、見たことがないほど酷いものだった。
あの怪力女……! ここぞとばかりに、全力で殴るなんて!
「どうして君は、こんなことをしたんだい?」
「……それは」
「本当のことを教えてほしい。私は君のことを愛していたから」
過去形の言葉に、もう終わったのだと嫌でも気づかされる。
異能を使って聖女になり、容姿や所作を磨き上げ、愛想を振りまき、社交界でのぼりつめてきた。
けれどもう、全部終わったのだ。
目を閉じると頭の中に浮かぶのは忌々しい姉の顔だ。
昔から女らしくなくて、貴族らしくもなく、そのくせ怪力という強力な異能を持っていた。あれほど強い異能は、上級貴族の男にだっていない。
もし男なら、出自がどうであれちやほやされただろう。女だって、アピールの仕方次第で人気になれたはずだ。
それを潰したのは、わたくし。
野蛮でどうしようもない人間だという噂を流し、虐げて社交界に出られなくした。姉に地位を奪われたくなかったからだ。
それなのに姉は、どれほど虐めても心からメリナに屈することはなかった。意志の強そうな瞳が曇ることはなかった。
「わたくしはただ、みんなから認められたかっただけですわ」
ただの野心だ。
物心ついた時から、メリナは野心が強いタイプだった。上級貴族の娘として生まれたが、もっと上を目指そうと思った。
自分の異能を知った時、本当は落胆したのだ。誰かを傷つけるような異能では、きっとみんなから愛してもらうことはできないから。
けれど、使い方次第でそれも変えられると気づいてしまった。
「わたくしは昔から、一番が好きですの」
だから、社交界で一番美しい令嬢も、一番慕われる令嬢も自分がよかった。
誰もが羨むような婚約者を手に入れたくて、美貌で評判の第二王子に迫った。
欲しいものは、全て手に入れないと気が済まなかったのだ。
「……最後に一つだけ答えてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」
「メリナは、私のことを本当に愛していたのか?」
泣きそうな目で見つめられ、一瞬だけ悩んだ。
ここでそうだと叫び、改心するから傍においてくれと頼めばどうにかならないだろうか。
今まで通りというわけにはいかないだろうけれど、少しは温情をかけてもらえるかもしれない。
この人は優しくて、お人よしだから。
「……わたくしは」
声が震えたのは、殴られた顔が痛いからだけじゃない。
負けたのが悔しいからだ。姉に。
オットー様に縋って、少しの情けをかけてもらって……それが何になるの?
婚約者には戻れない。せいぜい、質素に暮らしていけるだけのお金を裏でもらえる程度のことだろう。
それと引き換えに、みんなから馬鹿にされ、悪口を言われる日々が始まるのだ。
「貴方の地位と評価を、心底愛していましたわ」
オットーの顔が歪む。瞳から零れ落ちる涙を見て、少しだけ胸が痛んだ。
「メリナ」
「はい」
「君との婚約を破棄する。バウマン家も取り潰されるだろう。君は……」
覚悟を決めたように、オットーはメリナをじっと見つめた。
「この国から、追放する」
「……はい」
もし姉のことをいじめていなければ、出ていった姉をあえて探そうとしなければ、こんなことにはならなかった。
姉を馬鹿にし、見下すうちに、姉が何もできないと思い込んでしまっていたのだ。
怪力という、自分よりよほど強い異能を持った姉だと分かっていたのに。
オットーが足音を立てて部屋を出ていく。一人きりになると、メリナの瞳からも涙がこぼれた。
「わたくし、本当にもう終わりだわ……」
頬にそっと触れる。美しい顔はあちこちが腫れていて、今はもう見る影もない。
きっと痕も残るだろう。
痕は、自分の罪の証だ。一生消えない、姉への罪の証。
溜息を吐いて、メリナはもう一度ベッドに横たわった。
ここで眠るのも、もう最後だろうと思いながら。
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