第19話 久しぶりの女装
「よし、これを着てみてくれ」
フランクにそう言って押しつけられたのは、水色のワンピースだった。胸元に白いリボンがついていて、袖と裾にはフリルがあしらわれた可愛らしいデザインのものである。
「……これ、フランク様が用意したんですか」
「ああ。お前に似合うものをと思ってな。どうだ?」
フランク様は、これが私に似合うと思ったの?
こんなに可愛い服が?
ワンピースを手にとって、細部まで観察する。あまりにも可愛らしくて、自分に似合う自信なんてない。
「お前の髪の色と似ているだろう」
「そうですかね」
テレサは黒に近い青髪の持ち主だ。渡されたワンピースのような水色の髪ではない。加えて瞳も赤く、世間一般で美しいとされる金髪碧眼とは程遠い容姿である。
だからこそ、メリナから何度も馬鹿にされてきた。
「髪はウィッグが必要だろうが、何色がいい?」
フランクに問われ、とっさに思い浮かんだのは金髪だ。
金髪のウィッグをかぶれば、きっと一番綺麗な見た目になる。でも、メリナに寄せようとしているみたいでもやもやしてしまう。
だってどうせ、同じようにしたって、あの子の方がずっと綺麗だもの。
「フランク様が決めてください。僕は別に、何色でもいいので」
「実はそう言うと思って、もう用意してあるんだ」
だったら最初からそう言えばいいのに……と文句を言いたくなったが、言ったところで何の意味もない。
フランクは一度居間を出て、桃髪のウィッグを持って帰ってきた。
「どうだ?」
「……桃色、ですか」
これ、私に似合うの?
私の顔的に、寒色の方が似合う気がするんだけど。
テレサは甘い顔立ちではなく、少しきつめの顔立ちをしている。そんなテレサに、ふわふわした桃色の髪が似合うだろうか。
「ああ。俺とおそろいだぞ。いい色だろう」
胸を張り、堂々とした態度でそう言って笑う。その姿を見ていると、拒む気にはなれなかった。
それに、どうせ仕事で身に着けるだけだ。
髪の色や服装が気に入らないなんて文句を言うのは、きっと男らしくないわよね。
「着てみてくれ。メイクやヘアセットも必要だろう。それに関しては、誰かに頼むしかないか」
「道具さえあれば、自分でなんとかしますよ」
「本当か?」
「ええ」
もしその誰かに、そもそも女であることがバレてしまったらまずい。
それに、メイクやヘアセットに関してはそれなりに自信がある。メリナと違って、幼い頃から全て自分でやってきたのだから。
「分かった。なら任せる」
「はい。じゃあ、部屋で着替えてきます」
「ああ。その間に、他に必要な物を買ってこよう」
◆
「なんだか、変な感覚だわ」
鏡に映った自分を見ながら呟く。家を出てからずっと男の姿でいたから、女の姿をしている自分が新鮮だ。
違和感があるのは、ウィッグのせいだけじゃないだろう。
「まあ、変じゃないわよね?」
絶世の美女、と言えるような見た目でないことは自覚しているが、少なくとも男には見えないはずだ。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「そろそろメイクも終わったか?」
「はい、一応」
テレサがそう答えると、扉がゆっくりと開いた。テレサを見つめて、フランクは驚いたように目を見開く。
何を言われるのだろうかと、鼓動が速くなった。
「似合っている。可愛いぞ」
「……僕を褒めたって、何も奢りませんけど?」
「失礼な奴だな。心の底から褒めているというのに」
わざとらしく溜息を吐くと、フランクはテレサのウィッグにそっと触れた。本当の髪を触れられたわけでもないのに、妙にこそばゆい気持ちになる。
「自信を持て。お前は可愛い」
「可愛いって言われても、別に嬉しくないですよ。僕は男なんですから」
「そうか? 俺は褒められると嬉しいからな。可愛い、も大歓迎だぞ」
得意げな顔で笑ったフランクがあまりにも可愛くて、つい、可愛いですよ、と言いそうになってしまう。
「今のお前なら、絶対あの店に採用されるはずだ」
「だといいんですけど」
着飾ったのが妓楼で働くためだと思うと少し虚しいが、依頼達成のためには仕方がないことだ。
「仕事が終わったらまた、買い物にでも行くか?」
「お金の無駄遣いはだめですよ」
そう言いながらも、楽しそうだと思ってしまう。フランクの傍にいると、明るい気持ちになれるから。
いつかはお母さんが好きだった花畑を復活させたいわ。
でも、今だって悪くない。バウマン家にいた頃に比べたら、ずっと幸せだもの。
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