第34話 師匠と弟子

「中でゆっくり話そう」

 そうザクに招かれ、グラジオ達は王宮に無事入ることに成功した。


 王宮の中は変わらず、太陽の光がガラスを通してキラキラと輝いていて、人ひとりいない広い廊下にグラジオとミリア、そしてザクのたった三人の足音だけが響き渡る。


「見ない間に別人になったようだ、我が妹よ」

 ザクはいつもと変わらない様子で話しかけてきた。

 ついこの前、ミリア様を殺そうと暗殺者を仕向けたのにも関わらず。


「それで考えは変わったかい?」

「そんなの、変わるわけないじゃないですか!」

 ミリアはザクの問に一瞬の間も開けず返答する。


「それより、早くルドお兄様を開放してください!」

 ミリアがザクの進行を遮るように前に出るのと同時にグラジオは剣の柄に手を掛けた。

 もし、変な動きをすればすぐにでもザク様の腕を断ち切れるように。


「おー怖い怖い」

 それに気づいたザクはグラジオの警戒をあざ笑うように自分は何もしないよと両手を上げる。


「しかしミリア、それは無理なお願いだ」

「・・・それはお父様が怖いからですか?」

 以前のミリアでは見られなかった挑発という行為にザクは「ほう」と感嘆の声を漏らしながらも、「まあ、それもたしかにあるね」と正直に答えた。


「だけどそれだけじゃない」

「それはどういう・・」

 困惑するミリアを尻目にザクは続ける。


「ルドは・・・」


「えっ」

 完全に予想外なザクの回答にグラジオとミリアは驚きを隠せなかった。


「死ぬって・・・一体どういうことですか!!」

「どういうことって、そのまんまの意味さ。君たちの仲間のせいでルドが死ぬ。

 まさか僕が君たちがたった二人だけで来たと信じるとでも思ったのかい?」

 ミリアは怒りを顕にし、ザクに迫っていくがそんなミリアを前にしてもザクは余裕の態度のまま変わることはない。


「必ず仲間がいると思ってね、だから簡単な罠を仕掛けさせてもらったよ」

「罠・・・?」

 不吉なその言葉にミリアの表情は一瞬にして曇っていく。


「そう、ルドが捕らえられている牢屋に誰かが入った瞬間、軽い爆発を起こすように仕組んだ魔法陣を設置しただけの単純な罠さ」

 そう言ってザクは不気味な笑みを浮かべた。


「・・・ツバキさん!!」

 グラジオはザクにばれないように自分の後ろをつけさせていた仲間の名前を叫ぶ。

 その声がツバキの耳に届いたと同時、ツバキは自分の役割を捨て即座に全速力でカイン達の元に向かっていった。


 ザクが言った軽い爆発。

 それが本当に軽くで終わるわけがない。

 ルド様だけじゃなくカインさんたちも危ない!


「ザク様、なぜそのようなことを!!ルド様に何かあったら国王様が黙ってないのはわかっているでしょう!!」

「確かにグラジオ、君の言うとおりだ。このようなことお父様に伝わったら大変だ」

「ではどうして!」

 殺気を剥き出しにしてグラジオは剣を握る。


「そんなの、伝わらなきゃ良いだけの話じゃないか」

「・・・!」

 そこからは一瞬だった。

 音よりも早く剣を抜き、ザクの喉元を切り裂いた。

 ・・・はずだった。


 キーーン・・・!!

 金属と金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。

 喉元に届くはずだった剣先は、突如出現れた紅の槍によって遮断された。


「これは・・・」

 この武器・・・

 忘れるはずもない。

 わたしの部下がこれで何人も殺されたのだから。


 今でも鮮明に覚えている。

 薄紫色の髪に槍と同じ真紅の瞳。

 全身が黒一色で包まれていて、動き一つ一つに一切の無駄がない。


 今、ザクの隣に現れたこの者こそ・・・!

無音サイレントォォ・・!!」


 グラジオから放たれる大量の殺気はミリアすらも怯えさせる。


「さあ、グラジオ。君が愛するミリアを命がけで守って見せるんだ」

 その呼びかけに応じるように無音サイレントは戦闘態勢に入る。


「ミリア様には指一本触れさせません!!」

 それを見たグラジオ迎え撃つように剣と盾を構える。


「それでいいぞグラジオ・・・」

 ザクはささやくようにつぶやき、そしてその様子を見たザクは両手を広げ、高らかに宣言する。


「さあ、戦闘開始ゲームスタートだ」


 ///////


 ハァッ、ハァ・・・

 息切れして、脇腹が痛くてもそんなの構わずカイン達の元へ走り続ける。


 さっき、ザクと言ったか。

 ばれないように一定の距離を保っていた私にも聞こえるようにわざと、大きな声で言っていた。


 あいつは軽い爆発とかほざいていたが、あれが本当マジだと信じるやつがいるわけ無いだろ!

 ・・・十中八九、カインたちが危ない。


 衛兵たちを相手すること無く、シオンから聞いていた地下牢目指して常に速度を落とさず走り抜ける。


「たしかここらへんのはず・・・」

 シオンには大まかにしか聞いていなかったせいで、具体的な場所がわからない。

 こんなことになるならちゃんと詳しく聞いとくんだった。


「くそっ、一体どこなんだ!」

 虱潰しに部屋を回っていたら間に合わない。


「・・・・あ」

 ふと一つだけ、不自然なくらいに衛兵がいない箇所があった。

 最初は気にも留めてなかったが今思えば、そこが地下牢に続く道だったなら納得がいく。

 爆発する可能性があるって知ってるなら私だって近づきたくないからな。


 急いでその場所に戻ると予想通り、ぽつんと下に続く階段があった。


「・・・よし」

 意を決して、その階段を駆け下っていく。

 先が見えない暗闇がツバキの焦りをより助長させる。


「君たち逃げろ!」

 突然、初めて聞く男性の声が反響してこちらまで聞こえてきた。

 だがどちらにしろ良くないことが起きているのは確かだ。


 まずい・・・

 ようやく光が見えてきたのと共に、愛弟子の名前を叫ぶ。


「カイン!」


 ばっと視界に入ってきたのは光り輝く魔法陣の上に立つ、初めて見る男性とモモ、シオン、カインの四人の姿。

 そして奴の言っていた魔法陣はたった今も輝きを強めていっている。


 おそらくこの魔法陣はもうすぐ発動する・・・!

 このままだと全員無事には済まない。


 なら・・・!


 ツバキはすぐさま強く地面を蹴り上げてカインとモモに一気に接近する。


「シオンそいつを守れ!」

 作戦通りならあの男が人質にされていたミリアの兄、ルド。

 そいつはシオンに託すしか無い・・・!


 うちはせめて二人を・・・


この爆発から守る!!


「くそっ間に合えーーー!」

 魔法陣の光が頂点に達する瞬間、なんとかツバキの腕の中に二人が収まる。


 よし・・・!

 決して離さないようにギュッと二人を抱きしめると。


「あ・・・」

 ふと、今になってカインはまだ七歳の少年だったことを思い出した。

 腕の中にある感触は紛れもない子供そのもの。

 いつも大人っぽい雰囲気のせいで勘違いしていた。


 大丈夫。

 君は絶対、私が守るから。


 まばゆい光が部屋を覆い尽くし、そして魔法陣が発動したのだった。

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