社日奈多の異世界奇譚〜実家の神社の小さな社が異世界への入り口でした。そこで消えた双子の弟をさがします。〜

ポテト

第一条 双子の弟の記憶

父さんに実家に帰るように言われた。実家の矢車神社の掃除を手伝ってほしいとのこと。たしかに、あの無駄にでかい神社なら父さん一人では掃除できない。だけど正直帰りたくなかった。田舎だから交通面でも買い物とかの生活面でも不便だとか、近所付き合いが面倒だとか、色々あるけど一番の理由は父さんに会いたくないからだ。僕は本当は薬剤師になりたかったのに、家業の云々で神社の跡継ぎとして神道の大学に入学させられた。それに父さんは酒癖が悪く、酔うと僕によく殴りかかってきた。警察沙汰になるほど暴れたこともある。そんな父さんが大嫌いだから、帰りたくなかった。なぜ父さんがああなったのかは、小さいときの記憶がないからよくわからない。モヤモヤした気持ちを抱えながら車で田舎道を走る。ずっと同じ田んぼの景色が左から右へと流れていく。その同じ景色に飽きたときには神社についていた。車を降り、少し参拝して父さんに顔を出した。

「帰ったよ。父さん。」

「ん?よく帰ってきたな。日奈多。」

僕と瓜二つの少し老けた顔が現れる。昼間なのに大きな酒瓶を持っている。何昼間から呑んでんだよ。

「久しぶりだな〜……どうだよ東京は。」

「うん。まぁまぁだよ。」

酒臭いんだから近寄らないでほしい。酔ってるのか知らないけど、ヘビのようにねちっこく絡んでくる。

「早速だが……お前の部屋が物置みたいになっちまってな。だから整理頼むよ。あとその次は隣の部屋……」

と、ブツブツ言いながら自分の部屋に戻っていった。せっかく帰ってきたのに、人を召使のようにこき使う父さんの相変わらずさには、怒りを通り越して呆れてしまった。僕はあいつのせいで物置と化した自分の部屋の扉を開けた。予想通り段ボールや本まみれ。人の部屋をこんなにするなんて。いや、あれこれ考えてる暇はない。さっさと終わらせて帰るんだ。ふぅ、と深呼吸して片付けを始めた。半分以上整理し終わったあと、僕はある分厚い本を見つけた。アルバムだった。後で見るべきなのに、何故か見たくなってしまった僕は、アルバムの表紙を持ち上げた。広げると、そこには家族写真があった。父さんと、小さい僕と、亡くなった母さんと……あれ。この、僕の隣りにいる子は誰だ?見た目こそ僕そっくりだが、彼はツリ目で眉毛も僕より凛々しい。こんな子いたっけ。でも、この子を見たとき、僕の頭に一瞬映像が横切った。一瞬だから確かなのかわからないけど、僕と男の子が、小さなお社の鳥居を通り抜けようとしている映像だった。不思議に思ったが、僕は自分の義務を思い出し、荷物の整理を続けた。ゴミ出しに行くとき、僕はふと、境内の小さなお社が目に入った。それはあの頭の映像のお社に似ていた。気になって近づいて見ると、次の瞬間僕の頭にたくさんの映像が襲いかかってきた。僕は酔ってしまい、それと同時に頭が痛くなってしまった。

「うぅ……あ……な、なに?」

それは、あの小さな男の子との記憶だった。さっきの映像の正体だった。一緒にご飯を食べたり、走り回ったり、生気の感じない目をしている父さんが笑っていたり。僕は思い出した。あの子は僕の双子の弟の否破で、あの肝試しの夜、鳥居をくぐると「黒いなにか」に襲われて……あいつから僕を助けるために突然姿を消した。もしかしたら、父さんがああなったのもあれからかもしれない。否破を失って、僕だけ生きて帰ったから。なんで忘れていたんだ。彼を忘れていたのが悔しくて、彼が恋しくて、僕の目からは涙が溢れていた。否破に会いたい。気がつくと僕は、あのお社の鳥居をくぐっていた。泣き叫んだあのときのように否破の名前を呼びながら、鳥居の奥の方へと進んでいった。僕はいつの間にか倒れていた。不思議なことに、意識を取り戻したとき、肌寒さを感じた。今は8月なのに、冷たい風が起きろ起きろと言わんばかりに、僕の肌を撫でてくる。意識がはっきりしない中でわかったことは、さっきまで真夏の蒸し暑い昼間だったのに、今僕は僕は真冬の肌寒い真夜中の空間にいることだ。僕は疲労でかすかに掴んでいた意識を手放してしまった。意識を失くす前、誰かの足音と声が聞こえた。


「またあっちの世界から来ちゃったよ。まあ、ここは危ないし、運びますか。おぼろ屋(うち)に。」



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