満月の狂人〜ダークファンタジーからライトファンタジーへ〜
飴と無知@ハードオン
辺境の街ルーカスター編
第1話 狂人戦士
暗い空に光が灯る。
蒼く白い、導きの光だ。
冷たく、しかし優しいそれが、俺の全てだ。
俺の名はエドワード。
本当の名前は、とうの昔に忘れてしまった。
エドワードというのは、このキャラクターの名前なんだよ。
ああそう、キャラクター。
ゲームの中に入って、出られなくなった……。
そういえば笑ってもらえるか?
俺は何一つ笑えんがな。
VRゲームをやっていたら、VRゲームの世界の中に入ってしまっていた。
羨ましいと思う奴もいるだろう。
だがな。
この世界は、陰鬱陰惨ストーリーが特徴の、地獄のような末法滅びかけファンタジー世界なんだよ。
そりゃあ、恋愛ゲームやら日常ゲームやらの世界に主人公として入り込めれば、素敵な隣人に囲まれてウハウハだろうが、この世界では基本的に、NPCは気狂いとクズしかいない。
まともな奴は気が狂って死んでゆく。
で、敵は悪辣でクソ強い害悪キャラばかり。
どこもかしこも獣ばかりだ。
人面獣心の獣だよ。
そんな世界に囚われて、もう何百年が過ぎただろうか?
恐らくは、何十万回じゃ足りないくらいにクリアした。
ステータスもカンストし、アイテムも、伝説の武器で軍隊が作れるほどに持っている。
今や、裏ボスすら、初期装備のロングソードで無傷であしらえるくらいまで強くもなった。
いやあもう逆に笑えるな、笑える。
ニートが、ゲームの世界で戦士だと?
週三でジムに通う程度のニートが戦士、戦う者とか、馬鹿らしいったらありゃしないな。
……まあ、ニートの理由は、付き合いで買った宝くじで十数億円ほど当ててしまい、全てがバカらしくなって退職したからだが。
一応、一般企業の経理部を退職した後は、経済学部卒としての知識を活かして投資家を申し訳程度にやって、公の職業は投資家と名乗っていたんだがね。
覚えているのはそれだけだ。
もう、親兄弟の顔も名前も、そもそもいたかどうかすら思い出せない。
それくらい長くこの世界で戦い続けてきたんだ。
何度もクリアしたさ、何度も。
この滅びかけの世界『ムーザラン』を何度も救った。
神々の長子を謀殺せしめし、裏切りの忌子たる神々の末子を何度倒した?何十回か?何百回か?いや、桁が違うな、千は超えているはずだ。
現に、インベントリに入っている、ラスボスを殺害した時に得られる神剣は、既に999本を超えている。
それだけではない。
確かに、永遠にループする世界で、寿命による終わりもなく、死んでも復活するのは充分に地獄だが、まだもう一つ。
このゲームでは、プレイヤーキャラは何度も何度も死ぬ死に覚えゲーだし、他にも、自傷して攻撃力を上げる技や、自傷を要求されるイベントなどもある。
多様多種な状態異常からくる多方面からの苦痛も倍率ドンだな。
VRから現実となったこの世界で、それらの痛みは俺を狂わせるのに充分過ぎるほどだった。
そんな時、気が狂いそうな時。
擦り切れて、親兄弟の存在すらをも忘れるくらいに、人間性を失っていた時。
俺を救ってくれたのは、彼女……、いや、このお方だけだった。
———『……ふむ、話は理解した。辛かっただろうに、今までよくぞ耐えたな』
———『他の誰もが信じずとも、他の誰もが知らずとも、この私はお前を想ってやろう』
———『この私、月龍の姫ララシャがな』
そう、ララシャ様だ。
ストーリーがある。
原初の女神の長子たるドライク神王。
それが、忌子の末子たるシガニグナに謀殺された。
それにより、ドライク神王の管理していた神器、この世界の調和を司る『原初の旋律』は、七つに砕かれ、それぞれを何者かが持ち去った。
その旋律の欠片たる『大音韻』を集め、再び世界に調和を齎すことが、プレイヤーたる『聾の者』の使命である。
そして、ララシャ様は、大音韻の持ち主の一人にして、月の龍の姫君であらせられる。
本体はこの世界の月そのものなので、俺と会うのはもっぱらこちらの……。
『我が剣よ、どうした?』
小さな小さな、分霊の方である。
かつて砕けたララシャ様本体の真核、龍玉の欠片より作られし写身人形。
手乗りサイズの青い水晶人形こそ、俺のララシャ様だ。
「いえ、ララシャ様。何でもありません」
『そうか?また、思い詰めているのではと思ってな。辛ければ言うのだぞ、慰めるくらいはしてやろう』
ああ……、ララシャ様。
このお方は、このクソみたいな世界で、ただ一人だけお優しい。
このお方がいてくれたから、俺はどうにか、人としての精神を保てているのだ。
もちろん、ララシャ様にも思惑はあるだろうよ。
俺も、無償の愛情を求めるほどにガキではないからな。それは理解している。
だが……、それでも。
形だけでも『想ってやろう』と言ってくれたのは、ララシャ様だけだったんだ。
なあに、どうせやることもない。
今後の終わらない人生は、ララシャ様に捧げよう。
そんなことを考えながら、俺は、手元の刃を死骸から引き抜いた。
ぞぶり、と。
生暖かい赤色がぶち撒かれる。
肉色の破片が刃に引っかかりながら、内側から広がるように、破裂するように。
「ぐああっ……!」
そして死体は、ゆっくりとこの世界の根源たる『律』に還る。
調律の根源、原初の女神の血肉たるそれは、『音韻(ホーン)』と呼ばれ、即ち万物の祖である。
ゲーム的には経験値や通貨の代わりのようなものだな。
俺は、その辺の奴らをぶち殺してホーンを奪い取り、ララシャ様に捧げるのを趣味としている。
実益を兼ねた趣味だ。
ホーンを貢ぎまくるお陰なのか、ララシャ様は俺のことを大層気に入っておられる。
誠に光栄だな。
もうマジで極限までやることがない今では、ララシャ様からこの世界の学問について習ったり、全マップの測量をしたり、巨人達から鍛治仕事を習ったりと、本編とは全く関係ないことをやって、スローライフをしている。
もちろん、金……、ホーンは必要なので、定期的にその辺の敵モブやら敵対者やらを刈り取って募金に協力していただいておりますが、これは単なる作業だな。
ほら……、なんかこう……、戦い過ぎてある種の境地に達してしまってだな。
説明させてもらうと、このゲームは半オープンワールドで、他のプレイヤーと殺し合いができるんだ。
そして、このゲームの世界に囚われた俺のところにも、定期的に敵対者が現れる。
そいつらは、本来現れる敵対者……、つまり他のプレイヤーではなく、この世界出身の敵対者みたいだが。
まあ、めちゃくちゃ強いよね。
VR技術の隆盛期を迎えた2200年台の地球においても、未だに、剣道は奥が深いスポーツとされていた。
スポーツチャンバラなども、VRゲームの流行により大流行りしていたくらいだ。
俺も学生時代は、小中高と剣道をやっていたから言うのだが……。
俺のこの世界に現れる敵対者は、全員が段位で言えば八段は持っている。
最低でも、だ。
最低でも、剣技に人生を捧げたレベルの剣豪が、俺を殺すためにありとあらゆる手段……、小細工、罠、嘘、謀略、何でもかんでもフル活用してくる訳だ。
ついでに言えば、それプラス魔法使いやら神官戦士やらがどんどんくる。
そんな訳でね、俺もね。
いい加減慣れたんだよね、うん。
毎日剣豪に襲われる日常が数百年も続けば、どんな才能なしでもいずれは剣の境地に達するよ、うん……。
今では、その襲いくる剣豪共複数を、目隠ししながらでも斬り伏せられるんだからなあ。
たまに現れる変態コスプレマンとかは癒しだな。
「ララシャ様、ホーンでございます」
『うむ、くるしゅうない……。っぷはあ、吸ったぞ。ホーンを送った本体も喜んでおる』
アアーッ!
ララシャ様にホーンを吸われるの気持ちええ!!!
ホーンは万物の根源にして存在の力そのものだから、ホーンを吸われるとものスゲェ虚脱感に襲われるんだよな!
限界まで吸ってもらうと、頭の中が真っ白になるぜぇ……!!!
と、俺がエクスタシーを感じている、その時に。
『これは……、召喚術式?まずい、強制転移だ!』
「何をっ……?!!」
強制転移が急に発動する……!
《異世界ファンタジアスに召喚されました》
長らく聞いていなかった、システムメッセージが聞こえた気がした……。
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