第310話 意図

 ギルド「知恵の結晶」の本部、スガワラは以前にも通された応接室で、ラグナが現れるのを待っていた。

 彼の見つめる正面の壁には、これも以前同様に――、大きな絵が飾られている。真っ白な服に身を包んだ美しい女性と、こうべを垂れる人々の絵。


「タイトルは――、『聖女』か……」


 スガワラは何気なしに絵画の下にある表題を口に出していた。



「――お待たせしました、スガワラさん」


 そのとき、扉の方から声がかけられる。音のもなく、ゆっくりと扉は開かれ、知恵の結晶のギルドマスター、ラグナ・ナイトレイが姿を見せた。


 ソファから立ち上がって挨拶をしようとするスガワラを、ラグナは片手で制して、その正面に腰をかける。


「気になりますか? この絵は、私が婿入りした『ナイトレイ家』発祥の地、『グランソフィア』で描かれたものです。ここの隣り――、連邦の一国に属していますが、ご存知ですか?」


「いいえ、何分、異世界こちらへ来てから他国へは一度も行ったことがありませんので。ですが……、この絵はどこか惹かれるところがありますね」


「ははっ、たとえ世界旅行を何回しても、決して行き着けないところに私たちは行き着いてますからね? たしかに、これ以上の遠出は不要かもしれません」


 この世界に何人いるかわからないが、決して多くはないであろう異世界からの転移者、お互いにそうだからこそ通じる冗談。それを聞いてスガワラは声には出さず、表情だけで笑いをつくった。



「『聖女』とは巫女様のような方ですか……?」


「スガワラさんに伝わりやすいイメージだと――、『皇族』とかですかね? 政治的権力こそ有しませんが、国の象徴的な立場の人ですよ」


「なるほど……、ラグナさんと話していると、自分が別世界から来た人間だったのだと思い出してしまいますね? もう十分こちらに馴染んだとも思っているのですが――」


「望郷を語れる、そんな人が身近にいるのもいいと思いませんか? 帰りたい、とかではなく、漠然と思いを馳せる――、そんなときもたまにはあるでしょう?」


 お互いに共通の、他には話せない――、話してもまず信じてもらえない秘密をもったふたり。それゆえか、こうして顔を合わせ言葉を交わした数はそれほど多くはないが、自然と打ち解けている節があった。



「おっと、失礼。話が脱線してしまいました。本日、お招きしたのは……、ギルドの近況を聞きたかったからです」


「――近況……? それだけ、ですか?」


「ええ。、です」


 スガワラは若干、拍子抜けしていた。ギルドの状況は、おそらく日々アレンビーが報告を入れているはずだ。そこにわざわざ自分が呼び出されたので、一体何事かと思っていた。ところが、ラグナの用件はあくまで「それだけ」と言うのだ。


 彼の意図をいまひとつ汲み取れないまま、スガワラはそれなりの時間をギルドの報告と、脱線しての世間話をしながら過ごすのだった。


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