第308話 迂闊
アイラが酒場を出て行ってから、そう時間を置かずして姿を見せたシャネイラ。スガワラもラナンキュラスも突然の来客が2人も――、ましてや「王国軍最強」と「王国最強」と言われる2名が続けて現れたことに驚いていた。
「アイラさんの次はシャネイラですか……。どうにも今日は落ち着かない日ですね?」
「フフッ……、そう邪険にしないでください。彼女が訪ねて来ていたなど、まったくの想定外でした」
シャネイラの来店に、スガワラの心中は穏やかではなかった。彼はなにせ、彼女とラナンキュラスが争う未来を見ているのだ。
ただ、少なくとも今この瞬間、この2人に険悪な空気はなかった。以前は明らかにラナンキュラス側がシャネイラを拒絶している気配があったのだが……。
そうした様子も今は鳴りを潜めている。多少の嫌味こそ口にすれども、それはむしろ2人の距離感の近さを表しているようでもあった。
「スガワラさん、ご無沙汰しております。ギルドの運営についてはグロイツェルから報告を受けていますよ。順調にいっているようではありませんか?」
「こちらこそご無沙汰しております。私に至ってはまだまだですよ? そちらにご協力をいただいてなんとかやっています」
「ランさんを派遣してくれたのは、ボクもホントに感謝してます」
スガワラは目上の人間と話すように言葉を選びながら頭を下げる。一方、そこに割り込んだラナンキュラスは、シャネイラに対してなんの遠慮もなく話をしていた。
「ランギスはふたりと面識がありましたし――、なにより経験豊富です。あまり多くの人間を派遣するのもよくないと思いましたので、最適な人選だったと思います」
「ランさんには本当に助けられてばかりです。いつまでも頼っていてはいけないとわかってはいるのですが……」
「力を貸したくなる――、と思わせるのも1つの才能です。そういった意味では、半分はあなた自身の力なのかもしれませんよ、スガワラさん?」
仮面を外した素顔で微笑みかけるシャネイラ。人間離れした彼女の魅力は憑りつかれてしまうのでは、と思えるほどだった。
「それで? シャネイラはなんの用でここまで?」
「大した用はありませんよ? 久しぶりにラナンキュラスの入れるお茶が飲みたくなったくらいです」
「――期待されても、大層なものは出てきませんよ?」
シャネイラの言葉を額面通り受け取っていいものか、ラナンキュラスが思考を巡らせた。しかし、結局それらしい解答は出てこず、カウンター奥に下がってお茶を淹れるのだった。
「おや……、これは――。アイラ・エスウスが置いていきましたか……?」
そのとき、シャネイラはカウンターの上に置いてあった「起源の書」のレプリカに気付き、手に取っていた。
「『一にして、全を表す書』……、ですか。本物はまさに魔法の起源を書き記した書物なんでしょうね……」
シャネイラが手にしたレプリカを見ながら、スガワラはそう呟く。それを聞いてシャネイラは数秒の間、無言で自身の手にあるレプリカを見つめていた。
「――『起源の書』について、ラナンキュラスから話を聞いたのですか?」
「はい、つい先ほど簡単に説明してもらいました」
「スガさん、お話したボクが言うのもなんですが……、それについてはあまり人に話さない方がいいと思いますよ? シャネイラはどうせいろいろ知った上でここにいるのでしょうけど……」
アイラ・エスウスは、ラナンキュラスを襲った刺客が起源の書を持っていなかった、と尋ねていた。すなわち、今それが行方不明になっている可能性が高い。ただ、それについて知っている人間が王国で一体どれほどいるのだろうか?
きっとアイラは、ここで話してもその情報が下手に広がることはない、と信用したうえで話してくれたと思われる。ラナンキュラスはそこに触れているのだ。
「それもそうですね……。私としたことが迂闊でした」
「たしかに、それは――、気を付けるべきでしょうね……」
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