第280話 転換

 カレンが予想した通り、上から弓矢が襲い掛かる。それを凌いだ先には、アイネ・クライネの連撃が待ち構えていた。


 ここでカレンは、反撃の姿勢はおろか防御の構えも解き、まさかの逃走に転じた。辛うじて矢を躱すと、アイネ・クライネから視線を外し、完全に背を向けて走り出したのだ。


 まさかの動きに双子の剣士は、彼女の背を見つめながら静止している。そして、明らかに距離をおいたところでカレンは立ち止まり、振り返った。


「まさか」

「まさか」

「あの金獅子で名高い」

「カレン・リオンハートが」

「「形振りかまわず背を向けるとは」」

「一流の剣士としての誇りも」

「名誉も」

「「あったものではない!」」


 まるで劇の1シーンを演じるかのように、アイネ・クライネは言葉を紡ぐ。その声がなんとか届く位置に立っているカレンは、ちらりと自身の肩に目をやった。敵の刃がかすかに掠めたそこからは血が滲んでいるのが見てとれる。


「2人で戦うのが前提のあんたらになに言われてもさ、大して傷付かないねぇ? それに、横から弓矢ぶち込んできてるくせにどの口が言うかね?」


「私たちの連撃に」

「貴様は躱すので精一杯」

「次は掠り傷では終わらない」

「確実に」

「「仕留める!」」


 改めて、じりじりと距離を詰めてくるアイネ・クライネ。構えはやはり、片方が前に出て、もう片方がその背に隠れている。あくまで同時ではなく、連撃のスタイルが崩さずにカレンを追い詰めるつもりのようだ。


「無表情を装っているけど――、さっきまでと違って顔に自信……、いいや、余裕が浮かんでる感じだねぇ? 噂の金獅子もこんなモンかってところかい?」


「どうせ背を向けるなら」

「そのまま、逃げてしまえばよかったものを」

「「『3傑』が聞いて呆れる!」」


 おそらく双子の剣士は台詞を言い終えると同時に斬りかかるつもりだったのだろう。しかし、踏み込んだ足は、次の一歩を刻まずに止まっていた。そうさせたのは、不自然なカレンの表情。


「なにを」

「笑っている」

「「金獅子!?」」


 傍から見れば明らかな劣勢のカレンが――、笑っているのだ。これは強がりなのか、ハッタリなのか……、それ以外のなのか。相手が相手だけにアイネ・クライネは、只ならぬものを感じたようだ。


「あぁ、悪いね。どうもシャネイラやグロイツェルと違ってさ、私はポーカーフェイスってのが苦手でねぇ……。いろいろと顔に出ちまうのさ」


「…なにが」

「言いたい?」


 この問いかけに、カレンは突如、奇妙な動きを見せた。剣を持った両手を大きく広げ、上を向く。それはまるで、待ち焦がれた雨が天より降り注いだことを喜んでいる――、そんな姿だった。


「さて、お二人さんに問題だ。私の周りには今、誰もいない。そしてこの目立った場所でおかしなことが1つある。あんたら2人にとっては致命的なことだ。なにかわかるかな?」

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