第276話 安心

「こいつで最後だ! 手こずらせやがってよ!」


 ケイのハルバードがまものを切り裂いた。コーグが引き付け、ケイが隙をつき確実に1体ずつ倒していく戦術。

 敵の数が少なく、衛兵団の協力あっての戦い方だが、これによって2人は無傷でまものを退けることができたのだった。


「ふーっ……、まさか街中でまものと戦う日が来るとは思わなかった。このコーグもさすがに嫌な汗をかいたぞ」


「さてと――、衛兵の皆さん方はこっから線路沿いを北上して王都の方まで行くみたいだけど、自分らはどうすっかな?」



 そこに姿を現したのはスガワラ。衛兵団の情報網によって、この近辺のおおよその被害状況が確認できたという。


「今、安全な区画へ人々を誘導するところです。コーグとケイは街の人に同行してもらえますか? 私はご近所の人にこの情報を共有していきます。まさか、営業用に配り歩いていた写し紙がこんなかたちで役に立つとは……」


 スガワラは、ギルド用に配布されているものとは別に――、仕事用の連絡手段として、付き合いのある人たちに魔法の写し紙を配っていた。主にご近所の武器屋、どうぐ屋、宿屋、装飾品店などなど……。



「――でしたら、スガさんも2人と一緒に行ってください。ボクはもう少しこのあたりの見て回ってから合流しますので」


 ラナンキュラスは、周囲のまものの気配を探っていた。ただ、彼女の表情を見る限り、どうやらこのあたりの脅威は一旦取り除かれたようだ。


「ラナさんが残るなら、私も――」

「ボクからのお願いです! スガさんはまず落ち着ける場所で、情報の共有を。ふたりはスガさんと街の人をしっかり守ってください」


 語気を若干強めて言う彼女にスガワラは頷くしかなかった。


「――わかりました。あとで合流しましょう」

「ええ、衛兵の方もたくさんいますし、それに――」


 彼を安心させるためなのか、ラナンキュラスはこの状況に相応しいとは思えない、曇りのない笑顔を見せる。そして、スガワラの右手を両手で包むように握っていた。


「知ってると思いますが――、ボクはとっても強いので安心してください!」


「はい、今はお互いにできることを――、ですね」


 彼女の手を一度力強く握り返した後、スガワラは背を向け、小走りで去っていく。そのあとをコーグも追った。


「自分らがついてますんで、なにがあってもマスターには指一本触れさせませんよ」


 ケイは、コーグと自分を軽く指差しそう言うと、同じくスガワラの背を追っていく。



 ――そして、仲間たちが十分に離れていったことを確認すると、ラナンキュラスは笑顔を解き、その表情を引き締めた。


「こんな騒ぎの中、わざわざボクを狙ってくる人がいるなんて……。人払いはしたので覚悟してくださいね」


 そう独り言ちた彼女の視線は、背の高い民家の屋根の上を睨んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る