第269話 傭兵

「――アレクシアの騎士団に後退はありません。前へ出れば、魔法使いの無力化も可能です」


 躊躇いなく前進してくるアイラに対し、刃を向けたのはサーペントの剣士。それを口火にして王国騎士団とサーペントの戦いは始まった。

 アイラの指示通り、王国騎士は一歩も退かず、相手との乱戦となる。これによって後ろに配置されているであろう、敵の魔法使いの援護を封じた。


 アイラは前に立ち塞がる相手を容赦なく斬り伏せていく。無感情に返り血に染まりながら剣を振るう彼女の姿は、「鬼神」という形容よりは「殺戮マシン」の方が相応しいのかもしれない。


 そんな彼女の歩みを止めたのは、周囲を薙ぎ払う斧槍の一振り。立ち入りを拒むサーペントの意思を反映するが如く、巨大な武器を振るった男を中心に小さな無人のエリアが形成される。そこに身体も、武器も巨大な若い男が、アイラの前に立ちはだかった。


「見かけない顔ですね……。傭兵ですか、それなら『どけ』と言っても無駄なのでしょうね……」


「この半円が俺の間合いだ。ここから先に踏み込んでくるようなら、国直属の騎士様相手でも――」

「『容赦はしません』――、ですか? それはこちらの台詞です。腕に自信はあるようですが、つまらない仕事を引き受けたものですね」


 相手の警告を無視してアイラは、その間合いへと踏み込んでいく。その刹那、条件反射のように空気をも薙ぎ払う巨大な刃が彼女を襲う。風圧によって、アイラの前髪は逆立った。しかし、その刃が直接触れることはなかった。


『紙一重っ!? 怖いもの知らずにも程があるだろ!』


 傭兵はその大きさに反する素早い動きで斧槍を切り返す。不可侵の域を主張するかの如く、風を切る刃がアイラに次々と襲い掛かった。

 一方のアイラは凶刃を目で追い、最小の動きで躱す。そして、敵の成す連撃のわずかな隙をついて前へと踏み込んだ。


『無駄のない動き、それにこの疾さ……、この男は最優先で斬らねば後がつかえそうですね』


 アイラの一閃が傭兵を襲う。しかし、相手もまた紙一重で、彼女の刃と自分の身体の間に得物を挟み斬撃を防ぐ。


 力のこもった斬撃に、傭兵の巨体はかすかに宙に浮いた。だが、地面に両足を擦らして勢いを殺し、男はすぐさま態勢を立て直す。


「これが女の一撃か……。王国の騎士様がこんな化け物とは予想外だった」


「予想外はこちらの台詞です。今ので終わらせるつもりでしたが――、受け止めるどころか次の一手も許さないとは……。その腕前は一先ず褒めておきましょう」


「褒めてはいらない。こっから引き返してくれると助かるんだが?」


「その希望には応えられません。相手が悪かったと思って諦めなさい」


 アイラと傭兵、ふたりは視線をぶつけ合い、次なる攻防へと差し掛かっていった。

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