第215話 強者

「……上をとった。私がスピカと戦った時と似てるけど、初見でああもできるもの?」


 おそらくは学生でもっとも「対重力魔法」の心得があるアトリア。彼女は、スピカとリリィの攻防を即座に分析していた。


 空中から接近し、重力魔法「グラビトン」にて叩きつけようとしたスピカ。それに対して土属性の魔法によって地面を隆起させ、スピカのさらに上をとったリリィ。


 ただし、スピカのグラビトンに相手の高度は関係ない。自分より上にいる者を落下させることも当然可能だ。

 しかし、リリィはスピカの魔法とほぼ同タイミングで自らの足場を破壊。ここにグラビトンが発動すれば、スピカは自身の魔法で加速させた石礫の雨を直撃することになってしまう。


 高度が足場より上ならば、リリィの方が遅れて落下するため瓦礫の雨には当たらない。地上への激突にだけ備えればいい。

 対してスピカは、まさか自分の魔法が、攻撃のトリガーになるとは思わず、防御も遅れてしまっていた。さらに、自身へのダメージを軽減するため「グラビトン」を止めたことが、リリィが地面に当たるまでの猶予を与えたのだ。



 スピカの技量ではまだ、グラビトンの発動範囲を極小に絞り込むことはできなかった。リリィがそこまでわかっていたとはさすがに思えないが、「対重力魔法」の初手としてはこの上ない技を披露して見せたのだ。


 リリィの強さは学内である程度知られており、この状況に驚いているのはアトリアだけ。しかし、同時に「重力魔法」の特殊性を理解し、リリィの「真の実力」を理解したのもアトリアだけだったのかもしれない。




 傷を負ったスピカは即座に距離をとり、態勢を立て直そうとする。しかし――。


 リリィを視界に入れたまま後ろに跳んで距離をとろうとするスピカ。そんな彼女が踏み込む地面は、地雷でも仕込んであったかのように爆発する。


 宙に吹っ飛ばされたスピカは、そのまま空中で静止し、横滑りしてリリィとの距離をとった。

 彼女のローブは土色に汚れ、ところどころ破れていた。耐魔法用の施行が施されていなければ、深刻なダメージになっていたことだろう。



「あー、やっぱって強いよねー!? 次、落っこちて来たら魔力マシマシの呪文がお迎え準備してたのにー!」


 リリィはふてくされた表情をして、大きな声で空中のスピカに呼びかける。こうした動きそのものが彼女の余裕を物語っているようでもあった。


 対照的にスピカは、荒い呼吸をなんとか整えている。それでも――、表情は苦悶に歪むではなく、口角がかすかに上がり、この苦しい状況すら楽しんでいるように見えた。


「ふーん……、まだまだ元気イッパイおっぱい、余裕って感じ?」


「やっぱりセントラルの魔法使いはすごいです! けど、まだまだあたしは負けませんよ!」


 スピカの大きな声を聞いて、リリィはずっと上げたままの口角をさらに吊り上げるのだった。


「ヤバヤバのヤバかも……、まだウチに付き合ってくれるなんて。スピカちゃん、ウチ、好きになっちゃうよ?」

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