第10話 揺れるアリバイ


「……普通に、帰っただけで……」

「歩いて?」

「そ、その……」

「歩いて帰ったとしても、二時間もかからないよね? どこで何をしてたの?」


 それまで、信じてほしいとまっすぐ前を見ていた目が急に泳ぎはじめた。

 夏目が何か隠していることは明らかだ。

 とくに、ちらちらと大和の方を見ている。


「……大丈夫。僕が真犯人を捕まえて、君の無実を証明する。だから、話してほしい。もしかして、他人に聞かれたら困ること?」

「え、俺がいてまずいなら、席を外しますが……」


 ここまで話を聞いて、大和は完全に夏目が犯人でないことはわかった。

 言いにくいことが何かあるなら、退席した方がいいのかと気を使って立ち上がったが、湊が袖を掴んで止める。


「いや、検討はつきます。大丈夫、このままここにいてください。夏目————」

「は、はい」

「————君がどこで何をしていたのか、それを話してくれれば、少なくともこの大和刑事は君が無実だと信じてくれるよ。だから、正直に話すんだ」


(いや、俺はもうこいつが犯人じゃないとわかったんだが……————)


「わかった。言うよ。でも、その……この話は、口外しないでくださいね」

「わかりました」


(なんだ……? 一体)


 大和がもう椅子に座りなおすと、夏目は少し頬を赤くしながら、言った。


「彼氏と車の中で…………」


 とても小さな声だったが、大和耳にもしっかり届く。


「えーと、つまり、カフェで咲良と今後の……家族関係をどうするかどうかっていう重い話をした後に、あんたは彼氏と一緒にいたと?」

「ちょっと、刑事さん! あまり大きな声で言わないでください! 取り調べってあれですよね? マジックミラーになってて、見られてるんですよね!? 聞こえたらどうするんですか!?」

「あんたね……それなら、そうとはっきり言えばいいじゃないか!! 立派なアリバイだろう!? その車にドライブレコーダーでもついてれば完璧なアリバイだ」

「だ、だって……! 言えるわけないじゃないですか!! 相手は……」

「相手……?」


 その夏目の彼氏というのが、愛妻家として有名な大物俳優だった。

 不倫————しかも、相手が男となっては、大変なスキャンダルだ。

 夏目はそれを恐れて、アリバイの話はできなかった。

 もし、自分からこの話が漏れてしまったら殺人の容疑は晴れるが、その後の芸能生活には明らかな支障が出る。


「まったく……そんなことだろうと思っていたよ。それで、車は?」

「え?」

「どこに停めていたのかって聞いてるんだよ。カフェには迎えに来てもらったの?」

「いや、その……チェリカフェの裏口を出て、直ぐのところに駐車場があって」




 *



 夏目から話を聞いた後、もう一度『チェリカフェ』へ向かうと、確かに裏口を出て十数メートル歩いたところに駐車場があった。

 密会相手の彼氏の連絡先を湊は番組を通して知っており、直ぐに証拠となる映像を送ってもらい、届いた映像を確認する。


 激しく揺れるドライブレコーダーのカメラ映像は二つあった。

 一つは前方のカメラが捉えたもの。

 もう一つは後方のカメラが捉えたもの。

 車内で行われた行為は映っていないが、どちらも音声ががっつり残っていて、時間も一致。

 画角から大体どの辺りに停まっていたのかもわかった。



『あっ! そんな……! こんなところで、いけません殿ぉ!』

『良いではないか、良いではないか! ほれー』

『ああれえええ』


(俺は……一体何を見せられているんだろう……)


 殿と小姓プレイの音声を真昼間から聞かされて、何とも言えない気持ちになる大和。

 これで完璧なアリバイがあり、夏目が犯人ではないということは十分わかった。


(わかったから、何度も同じところを繰り返し再生しないで欲しい)


 大和はうんざりしていたが、湊は真剣にその激しく揺れるアリバイ映像を何度も同じところを繰り返し再生している。

 偶然駐車場の近くを通りかかった人たちの、「何だあれは……」という、まるで不審者でも見てしまったかのような反応が辛い。


「ここ……」

「え?」


 湊は突然映像を停止して、ドライブレコーダー端に写り込んでいた一台の車を指差した。


「このカメラが向いている方向、こっちですよね? 完全にカフェの裏の通り」

「そう……ですね、位置的に考えて」


 映像には後ろ半分だけだが、おそらくハイエースが一台停まっているのが映り込んでいた。

 位置的にカフェの裏口の前の通り。


「この車、車体にって、書いてありませんか?」

「え?」


 暗い上に遠くにあるためはっきり読めるわけではないが、確かに車体に何か文字が書かれているように見える。


「多分、————……清掃業者じゃないですかね? キッチンの血痕、清掃業者でも入ったんじゃないかってくらい、綺麗でしたし……時間的にも、あってませんか?」


 この怪しい車がその場所に停車したのは、二十一時二十分。

 二十二時には、殿と小姓が乗った車が場所を移動したため、何時まで停まっていたかは不明だが、咲良の遺体を避けるように全て綺麗に血痕が拭き取られていたのは、プロの仕業としか思えない。


「犯人が掃除を頼んだのか、それとも、自ら清掃した犯人か……————」


 この車がどこの会社のものか特定できれば、わかるかもしれない。










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