5「説明のついでにその辺の敵を殺す」
私は気が付くとベッドに寝かされていた。
周りには見覚えがある。ユウの家の二階にある寝室だ。
起き上がろうとすると、問題なく起きられた。
身体に力が戻っている。
試しに能力を使ってみようとしたところ、普通に使うこともできた。
信じられない。ナケミヤに切り捨てられた影響はまったくと言って良いほどなくなっている。
治したのがユウであることは間違いない。神業としか言いようがなかった。
部屋に彼の姿はない。さすがにずっと看病をするほど親切ではないということか。
階段を降りていくと、リビングでユウを見つけた。
彼はテーブルに腰かけ、カップで茶を嗜んでいた。
私がリビングへ入るとすぐ、ユウがこちらへ振り向いた。
「気が付いたか」
「なぜ私を助けた?」
「開口一番にそれか」
ユウはどこか呆れている。
「だってお前。私に利用価値があるとか言っていたが……本当は私なんか必要ないんじゃないのか?」
私は言う力も残っていなかったときに言えなかったことを、今言った。
絶対的な相手に意見を述べることも、既にないはずの命だと思えば、もう怖くなどなかった。
それにこの男は、わざわざ助けておいてこのくらいで殺したりはしない。
敵にさえならなければ。
一か月の張り込みは、彼に対するある種の信頼をもたらしていた。
「なんだ。よくわかっているじゃないか」
ユウはあっさりと認めた。
「だったらどうして。私など足手まといだろう……」
「あまり深く考えるな。正直に言えば、別にどちらでもよかった。ほんの気まぐれさ。人手が欲しいと思っていたのは本当だ」
「そうか……」
やはり私を憐れんでくれたのだろうか。
あのときの顔はそうとしか思えなかったが、敵であれば問答無用で殺してきた彼が、どうして私だけには気まぐれを示したのか。
改めて考えてみると、わからなかった。
いまいち納得しかねる気分の私を見かねたのか、ユウは座れと促した。
言われるまま彼の向かいに着くと、彼は黙ってキッチンへカップを取りに行った。
どうやら彼が飲んでいたものと同じものを淹れてくれるらしい。
相変わらずむすっとしたままなのが可愛げがないけれども。案外気の回るところもあるのかもしれない。
思えばこの一か月、一度として彼が笑ったところを見たことがない。何が楽しくて生きているだろうか。
やがて私の目の前で、茶が注がれる。
この一月観察していたときも感じていたが、こなれた手つきはまさに一流のそれである。
飲んでみると……実際、ものすごく美味い。
この男、意外な特技を持っているようだ。
一心地ついたところで、またユウは口を開く。
「強いて言うなら……そういうところだ。お前は俺が始末した282人の誰よりも――まあ、賢明だった」
「…………」
「少なくとも己の実力を過信せず、機を待つだけの忍耐があり、洞察力もある。そういう人間は、適した役目を与えてやればそれなりの仕事をする。俺も愚か者と組みたくはないからな」
「私は及第点だったと?」
「そうだな。少しは自信を持つと良い」
思っていたよりも自分が評価されていたことに内心驚く。
そして同時に悟る。この男は私の能力ではなく、姿勢や人格を最も評価しているのだと。
「なあ。また一つ、尋ねてもいいか」
「いいぞ」
「正直……よくわからなくなってきたんだ。私は天使に、お前は世界に仇なす存在だと言い聞かされてやって来た」
「そうだろうな」
「だが……。私にはもう、お前が世界を陥れることを目的に人殺しをする人間とはとても思えない。なぜお前は『英雄』をつけ狙う? 個人的な恨みでもあるのか?」
それならまだ納得ができる。
私も暗殺者ではあるが、相手は選んできたし、生活のためという理由があった。
この男にも何かあるのだと思う。そう信じたい。
どの道彼には従わなければならないが、この身を捧げるなら、せめて納得のいく理由が欲しかった。
ユウは答えた。
「別に恨みなどない。簡単な話だ。天使も神も。あいつらは嘘つきだ」
「嘘つきだと?」
そうして彼は、静かに語り始めた。
転生者の存在する真の意味を。
天使と神は、実はそう名乗っているだけの高次存在であり、創造主でも何でもない。
この世界にとってはただの侵略者であること。私たちはただの駒でしかなかったということ。
転生者ごと天使を彼の手で殺さなければ、いずれこの世界は滅びてしまうこと。
すべてがにわかには信じがたかったが。淡々としていながらも、彼の語り口には真実味があった。
それにだ。
ナケミヤの裏切りに深く傷ついていた私は、彼の話を受け入れる土壌があったのだと思う。
そう言えば、確かにあいつは私を駒だと言っていたな。
「元より世界に生きとし生ける者を蔑ろにして、奴らの都合の良いように改変しようとしている。俺はそれが許せないんだ」
そう言ったときのユウには、一段と凄みがあった。
なんて強烈で、純粋な殺意だろうか。
彼は必ず『英雄』を皆殺しにするだろう。そう確信する。
なのに私だけが、こうして生かされている。
「……私も転生者だ。私も世界にとっての異物であり、普通に死ねば悪影響を及ぼすのだろう?」
「だから殺すと言ったはずだ」
事実確認のように、ユウは告げる。
だがすぐ、ぶっきらぼうにフォローもしてくれた。
「順番の話だ。いずれ必ずお前の番も回ってくる。だが百万人もいるんだ。普通の人間がまともに人生を終えるくらいの猶予はあるだろう」
もちろん寿命などで死ぬ前に俺が手にかけることにはなるがな、とは念を押される。
私にもようやくわかりかけてきた。
つまりは、やはりあのとき直感したように。根っこのところは慈悲なのだ。
全員を見逃すことはできないが、私一人くらいは後回しでも良いだろうという。
けれども、なぜ私なのか。よりにもよって私なのか。
彼の言葉を待ち、じーっと見つめていると。
ユウはごくりと唾を飲んだ。
「あのな。お前、しつこいって言われないか」
「う……すまん」
だって。でもしょうがないじゃないか……。
暗殺者という稼業は、本質的にしつこくなければやっていけない。
四六時中張り込み、ターゲットの性質を十全に理解し、完璧な機をもって仕留める。
私が「前世込みで」成功率100%を維持してきたのも、徹底したリサーチがあってこそだ。
ストーカーって言うな。
……まあ、目の前のこいつに無敗記録は破られてしまったけれども。
「ここまでグイグイ来られたのは、本当に久しぶりだぞ……」
押しにはやや苦手意識があるのか、ユウは若干困った顔をしている。
なるほど。いつもは適度に近寄りがたいオーラを放っておけば独りでいられたから、勝手が違うのだろう。
そうだな。確かにユウは、ある側面においては死神よりも怖い。
本当に恐ろしいのだが……。
どうやら私は二度も死にかけて、良くも悪くも吹っ切れてしまったようだ。
それに何だか面白い。
なぜだか私といると、この男は普段よりも人間らしい表情を示すから。
ユウは、とうとう観念したように溜息を吐いた。
今から変な話をするぞと前置きされる。今度こそ真意を聞けるような気がした。
「俺と深く関わった人間は必ず不幸になり、最後は死ぬ。そのように運命は決まっている……と、言ったらどうする」
「それは……残酷な話だな。マジなのか?」
ユウは頷きも否定もしなかった。
だが深刻な表情は、それが事実なのだとありありと語っていた。
「もっとも、俺が元いた宇宙での話だ。この世界にまで奴の力が及ぶのかはわからない」
「そうなのか……」
「奴」と言ったとき、激しい憎悪を見せたのを見逃さなかった。
ユウは転生者に恨みはないが、「奴」のことは心から憎んでいる。
彼が絶望し切った目をしていることと、深い関係があるのかもしれない。
「わからないから……結局はお前を直接見て決めることにした。俺は負の感情だけはよく読めるんだ。お前からは深い絶望を感じた。お前は既に不幸だった。そうだな?」
こくりと頷く。
思えば、前世からろくに生き方を選べなかった。知らなかった。
孤児として生まれた私は、運命に流されるまま裏家業に身を落とし、裏切られ、犯されて死んだ。
そして今世でも状況に流されるまま暗殺仕事を始め、また裏切られた。
この男ほどではないかもしれないが、私も自分の人生を楽しんでいたとは言えなかった。
言われてみれば、不幸だったのかもしれない。
「だったら。あのまま死なせても、生かして仮に不幸な最期を迎えるとしても、そんなに変わらないかと思ってな」
なるほど。そうか。そうだったのか……。
同情。それこそが私を繋ぎ止めた根源だったのだ。
「いい加減納得はできたか?」
「ああ……ああ。よくわかった」
そして、もしユウの言葉が真実だとするなら。
なぜこの男がずっと人を避けるようにして暮らしていたのかも理解できる。
下手に関われば死ぬ。だから滅多に近づかせない。
想像を絶するほどに不器用で、誰にも理解されない優しさなのだ。
おそらくこの男は、想像を絶するほど壮絶で孤独な人生を歩んできたのだろう。
「悪かった。土足で踏み込むような真似をして」
「謝るくらいなら最初から聞くな」
相変わらず不機嫌な面をしているが、別に怒ってはいないようだ。
本当に怒っていたらもう死んでいるか。
「で、すべてを知った上でどうする。お前は……そう言えばまだ名前を聞いてなかったな」
まったくこいつは。
人の名前も知らずにスカウトしようとしていたのか。
しかも身を捧げろとか言っておいて、いざ本気で嫌だと言えば見逃してくれそうな雰囲気ではないか。
だがまあ――悪くはない。
元々流され続けた人生だ。世界を救うという立派な目的もある。
「三度目」のこの身を捧げるのに、惜しくはない。
「ミリードール。姓はない。みんなはミリーと呼んでいる」
「そうか。じゃあ俺もミリーと呼ぼう。ところで」
「ん?」
ユウは私をじろじろと見回して言った。
「初めて見たときは驚いたぞ。どんな手練れかと思えば、ほんの子供だったとはな」
「うるさいな! ちっちゃい言われたくないわ! これでも17だ!」
「マジか」
前世で犯されて死んだとき、私は12だった。
あれから5年。
期待したようには、身体は成長してくれないものだ。悲しい。
いつまで経っても『姫』などという二つ名で呼ばれ続ける原因でもある。
「それにお前だってガキじゃないか!」
「俺は別に子供じゃない」
「ほう。しょっちゅうミルクを頼んでいたのにか?」
「……人が何を飲もうと勝手だろう」
ユウがこの日一番ばつの悪そうな顔をしたので、疑念は確信に変わる。
「やっぱり酒が苦手なんじゃないか!」
私は勝ち誇って、あるとは言えないほどの胸を張った。
この日まで書き溜めてきた弱点メモが輝いている。
「別に飲めないわけじゃない。アルコールを分解する魔法なら使える」
「そういう力業を飲めるとは言わないんだ」
「結果的に――おっと」
ユウは突如、目にも留まらぬ速さで無から何かを創り出し、投げ飛ばした。
生成から投擲までが速過ぎて、黒っぽい何かとしかわからなかった。
それは開いた窓から外へ飛んでいき――。
やがて向こうから、雷が鳴ったような轟音が返ってきた。
「また悪い虫が来ていたようだ」
「まさか……今ので殺したのか?」
彼は事もなげに頷く。
ある別の疑問が、また確信に変わった。
「もしかして。逃げも隠れもせず、平気で暮らしているのは……」
「こうしていた方が自信過剰な馬鹿が寄ってくるだろう。お前も今後は気を付けろよ。いつ狙われるかわからないからな」
ああ。やはり。
この男は。ユウは滅茶苦茶だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます