中央食堂


 今日もこの中央食堂は、腹を空かせた学生たちで賑わっている。

 一人でカレーライスを平らげている上柴のもとに、兄斗は後ろから近寄っていった。


「どうだった?」


 そう尋ねながら隣の席に座る。

 上柴はスプーンを皿の上に置き、鞄の中から何枚かに束ねられた紙を取り出し、それを兄斗に渡した。


「ん」

「ありがとう。…………そうか。やっぱり……」


 兄斗は貰った紙束に記されている情報から、何かに対して納得する。


「疲れた。礼は?」

「兄貴から貰った、ブルッツェル・エージェント系列グループ店舗の、株主優待券」


 今度は兄斗の方が懐から白いカードを取り出し、上柴に差し出す。


「ふむ…………ってこれ! 日本の店のだし! 日本に帰らないと使えねぇじゃねぇか!」

「いや、どうせ上柴は今年までで帰るんだろ?」

「……それもそうだ」


 上柴は現在この学園の六年生。

 卒業課程を修了すれば今年で卒業し、逆に卒業できなくとも本国に帰還するという約束を家族としている。

 日本の店の株主優待券も、帰国することになればいつでも使える。


「こんにちは。先輩。上柴さん」


 いつもの調子で、四葉が二人の前に現れる。


「四葉!」

「よお」


 四葉は少しだけ頬を緩めながら兄斗の正面の席に座った。


「四葉。いい加減僕のことも下の名前で呼んでよ」

「え。うーん……でも、『ケイトさん』ってなんだか女性みたいじゃないですか」

「それ僕気にしてるんだけど……」

「ああ。ごめんなさい、先輩」

「……」


 四葉はさらっと流して、自身の持ってきたスパゲッティに手を付ける。

 そしてフォローに走るのが上柴だ。


「別に呼び方なんて何でも良いだろ? 特別感の問題ならそもそも……花良木が

『先輩』って呼ぶ年上、お前だけだしな」


「「そうなの!?」」


「何で本人も驚いてんだ」


 四葉自身、全く自覚していなかった。


「いやぁ気付かなかった。そっかそっか。四葉も実はずっと俺のことを意識してくれていたってことか……」

「いや、多分知り合いが少ないだけだと思います」

「嬉しいよ僕は」

「あ。ご飯食べるので邪魔しないでくださいね」


 以前までとそこまで態度を変えていないようで、実は四葉も緊張をひた隠しにしている。

 それを理解している兄斗は、気にせず四葉に話しかけ続ける。

 そうなるとこの場に居づらくなるのは上柴だ。


「……じゃ、俺行くわ」

「え? あ、ああ。調べてくれてありがとう上柴」

「また今度」

「おーう」


 少しだけ複雑な表情を見せ、上柴は食堂を出ていった。


     *


 食堂を出た上柴は小さく息を吐く。


「いやぁ……参ったなぁ……」

「何が?」


 背後から自然と反応を見せたのは、包帯だらけでマスクの少女。

 つまり、日南貞香だ。


「お? お、おお。お前か。何が参ったかって? そりゃもちろん、出来たばかりのカップルを二人きりにしてやらないとって考える、自分の心優しさにさ」

「……別に、気を遣わなくても……」

「俺もそう思うから俺自身の優しさに呆れてんのさ。暫くは一人行動かなぁ……」

「……」


 何かを言おうと考えた貞香だったが、まだその勇気は出てこない。

 会話をここで終えてこの場を去るか、場を持たすために話を続けるか。

 彼女が選んだのは後者だった。


「……関係ない話しても……良い?」

「ん? 何だ?」


 彼女がたいして悩まずに後者を選択できたのは、元々話したいことがあったからだ。


「……最近、『番犬』を騙っていた連中が……今度は『生徒会』を名乗って私たち本物の元『番犬』にちょっかいを仕掛けて来てる」

「何? それって……例の作業着の男たちか?」


 貞香はコクリと頷いた。


「多分……生徒会の人間でもないと思う。目的も何というか……私や君口兄斗、ツァリィ・メリックに一方的な因縁をつけてきているだけみたいで……」

「メリックのお嬢様も?」

「そう聞いた。敵じゃなかったみたいだけど。……とにかく、まるで私たち狂信者ファナティクスの神経を逆撫でするようなことをしてくる。その理由は分からないけど……」

「……サイバイガルの人間じゃないな」

「え?」


 上柴は顎に手を当てながら思考を巡らせた。


「学園の人間が知る団体名を使う理由は、自分たちのことをこの学園の人間だと思わせたいからだ。『番犬』なんて実際国外の連中は知らないだろうし、『生徒会』が暴れ回るような連中だって認識があるのもこの国の人間だけだ。連中は自分たちが学園外の人間だと知られたくない。だからまるで騙る相手を選んでいるかのように見せかけている」

「……ど、どうして……?」

「そりゃ、予想されることすら嫌なんだろう。国外の人間だってことを」


 上柴は首の後ろに手を回しながら、近くのサークルベンチに腰を掛けた。


「それは……どうして?」

「バレたらまずい……とまではいかなくても、印象が悪いってことだろうな。その一方でなりふり構わず喧嘩を吹っかけてくる……となれば、連中は下っ端も下っ端。何なら鉄砲玉っつーか……捨て駒だ。上からは自分らの正体をサイバイガルの団体の名で偽るようにと指示されてるが、喧嘩を吹っかけてるのは連中の判断かもしれない。そうするしかないくらいアバウトな指示を上から受けてるって可能性が高い。例えば…………『狂信者ファナティクスを調査しろ』……とかな」

「……!?」


 貞香は上柴の予測能力に驚嘆した。

 基本的に上柴の思考回路は自分に都合良く働かせるのだが、それが当たる可能性はいつも高い。

 それは、彼がいくらか自分に都合良く考えたパターンのうち、最も可能性が高いと思われたものだけを彼が口にしているからだ。

 そして上柴は、自分がその可能性に行きついた前提知識を、話さないで済まそうとすることが多い。

 しかし、今回はそうではなかった。


「……知ってるか? 日南。学園長がカースから解放されて、その管理人の役からも解放された。我らが母国様は、代わりにこのサイバイガルの地に、新しいカースの研究者を送るつもりらしい。俺の調べた限り、若干厄介な奴らだ。もしかすると最近君口やお前の前に現れたっていう馬鹿どもは……その斥候かもしれないな」

「斥候って……」


 その言い方だとまるで『敵』のように聞こえる。

 そこまで言わなくても、上柴がまだ見ぬ母国の人間を敵視しているのは明らかだった。

 そして、そこまで聞いた貞香は一つの決断をする。


「……上柴先輩。あの……」

「ん? 何だ?」

「これから私は、アルフレッド・アーリーと面会しに行く予定だった。貴方も……来る?」

「!」


 かの男は、恐らくこの学園の誰よりもカースについて研究を続けていた人物。

 もしかしたらこれから来るという日本の研究者についても知っていることがあるかもしれない。

 兄斗という、『カース』を持った男を親友に持つ上柴の返事は決まっていた。


「……ああ! 俺も一回、あのオッサンに文句垂れてやりたかったんだ……!」


     *


数刻後 サイバイガル鉄道 セントラル・ストリート駅


 兄斗は授業を終え、四葉とも別れて帰宅しようとしていた。


「四葉。今日僕の家空いてるよ」

「ではまた明日」

「お堅い家だね。ホント……」

「……ごめんなさい」

「いや謝ることじゃないよ。分かって聞いて困らせて、反応を楽しんでるクソ野郎がこの僕さ。むしろキレてもらっても構わない。そんな反応も含めて楽しんでる変態な僕だから」

「……フフ。ではまた。『兄斗』先輩」


 一瞬歓喜で目を見開いた兄斗は、四葉にキスしようと考える。

 が、彼女の家が異性との交友に厳しいことを聞いたので、すんでのところで思いとどまり、せめてハグだけしてから、やって来た電車へと乗り込んだ。


 電車に乗った兄斗は、窓の向こうの四葉に手を振ってから吊革に手を伸ばす。

 走り出して彼女の姿も見えなくなると、彼は下を向いて目的地に止まるのを待つ段階に入る。


「………………?」


 その時、兄斗は電車内に違和感を覚えた。

 何かがおかしい。妙だ。……そんな、何の根拠もない違和感を――。

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