無為なる者、頂に立つ〜死はどうやら、逃してはくれないらしい〜
黒田 輪
この世界で生きる
その日は突然に
無為な日々は途切れる
二〇四〇年、日本。
貧富の格差は広がり、富めるものは贅を凝らし質の高い充実した日々を送れ、貧しいものはその一日一日を生きるのに精一杯な日々を送っていた。
ここにも一人。
貧困に喘ぐ青年が、今日も一日を生き抜くため、仕事に行く前の僅かな時間で、死んだような目で無料で見れる動画サイトを見ていた。
朝のこのひと時が、遊びを謳歌できない自分に出来る唯一の癒しの時間なのだ。
自分の好きなゲーム——やったことはないが——の実況者の動画だ。
「はあ…。今日もバイトか」
青年——
生きるためにしょうがないとはいえ、やりたくないものはやりたくない。
そう…今見てるこの実況者のように好きなことをやって、四苦八苦しながらも充実した日々を送る。
そんなことをしたいが、そんな度胸もやる気もない。なにより金がないから、挑戦しようもない。
今の世の情勢でそれができるのは、ほとんどが金に余裕があり、環境を簡単に整える奴だけなのだ。
ああ、考えれば考えるほど憂鬱になる。
「行くか」
途中まで見ていた動画を止めて、スマートフォンの電源を切り、バイトに行く準備を整える。
顔は、晴れない。晴れるわけがない。
このご時世、上がり続ける税金、戦争による物価高、出生率の低下などなど。
今を生きてく人々を雁字搦めにして、やがて死ぬような要素しかないこの世界に、何を希望に生きていけば良いのか?
そんな思いが、日々を過ごしてゆく合間合間に見る人々の生活に、たびたび考えさせられるのだ。
正直、生きていきたくはない。だが、死ぬのも痛いし迷惑が掛かるしで憚られる。
ああ、安楽死が出来ればどんなに良いのやらと思う、今日この頃である。
玄関のドアを開けて閉め、しっかりと施錠する。
さて、今日も筒がなく働くか…
頭の中に、今日やることなんだっけ…と思い出しながら、道路の脇をとぼとぼと歩く。
無表情な顔で、横断歩道に差し掛かりスマホの画面を起動し、時間を確かめる。
…少し出るのギリギリ過ぎたか?
遠くに、甲高いエンジン音を聞きながら、赤信号に少しソワソワしつつ待つ。
青になった瞬間、小走りに横断歩道を渡る。
「危ない!!今渡るな!!!」
そんな声が耳朶を打つ。
一瞬ビクッとなったが、まあ今走ってるしあと半分だし大丈夫かな?と思いそのまま直進。
急に大きくなるエンジン音。
それを聞いた時には、なんだか視界が上下逆になり直後落下。
どさっと言う音と共に地に叩きつけられる。
「……ヴ、ぉあ…!」
くっそ痛い所の騒ぎでない。
内臓がぐちゃぐちゃにされたような感じだ。…というかなってるだろこれ。
動かない視界の端から、赤い液体が見える。
人々の悲鳴と自分に近寄る人々。遠く鳴るサイレン。すべてが他人事のように映る。
死ぬな。直感的に感じた。
そう思った瞬間、意識が急速に遠のく。
すごく痛いから、助かる。目を瞑り、痛みに歯を食いしばりながら、その時を少し心待ちにする。
死か。この先は感じになるんだろう?
神話に語られてるような裁決が繰り広げられてるのだろうか?はたまた、違う生命に即刻、輪廻転生するのか。
…願わくばもう人には転生したくないな。
意識が完全に途切れる寸前まで、いろんな思いを馳せては消えてを繰り返し、最後の思いと共に意識が途切れる。
…無為な人生だったな。さよなら、クソみてぇな世界、もう会うことはない。一生ごめんだ。
意識は途切れた。そのはずだ。
なのに何でこの人格は、残っている?
おかしい。何かがおかしい。考えられているのは、意識があるということだ。
恐る恐る目を開く。
黒い湖面のような地面に、伏していた。
どういうことだ。わからないが起きてみる。
天は星のような点々とした光が無数に有り、視界の奥には、巨大な柱が乱立している。
とりあえず、歩いてみると波紋を出しながら地面を——いや、湖面揺らしてゆく。
「ここは、死後の世界なのか?」
「部分的にそうと言わせて貰おう。足立瑠衣よ」
「!?」
ばっと背後に振り返った先に居たのは、木で出来た人のような何かだ。
「誰だ…あんたは?」
「私は、世界達を統括する者。その長だ。いやあ、良い魂を収集できた。歓迎するよ、足立瑠衣」
「は?…え?どういうこと…だ」
「ん?ああ、疑問を抱いてるのか。…そうだな。君達の世界で私たちの存在を定義するなら——そう、転生させる神様みたいなものだ、それで理解してくれるかな?」
「……」
転生…転生だって?
ぐるぐると回る思考の中、気さくに話しかける樹人を睨みつける。
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