第36話 師弟、頬を赤くする

 わたしは自分の部屋のベッドで目を覚ました。窓の外を見ると、すっかり朝になっている。

真っ先に思い浮かべたのは、師匠の事だ。

確か昨日は、元気になった師匠に眠らされた。何でそんな事を? というか、本当に元気になったんでしょうね?

わたしは部屋を出てリビングへと向かう。急いで確認しなきゃ。師匠が本当に無事かどうか!


「もっと良い餌寄越せじゃねーんだよ、普通の虫食わすぞ!」


リビングに入るや、ラミパスちゃん相手にキレてる師匠の姿が目に入る。態度でラミパスちゃんの考えを察しただけでしょうけど、まるでお喋りしてたみたいです。とにかく、誰がどう見ても、とても元気そう。

わたしは小さく笑って、師匠を怒る。

怒れるのが嬉しいなんて、変なの!


「朝っぱらからうるせーですよ!」


師匠は驚いた顔をしていた。かわいいわたしに気づかないなんて、人生損してるですよ。


「お、おぉ。起きたか。いつから居たんだ」

「おはようございますです。今来た所です。ところで師匠、何でわたしを眠らせたですか? わたしを呪うとか頭がおかしいとしか考えられないのですが」

「うるさそうだなと思って」

「わたしのどこがうるさいんですか!」

「全部」

「何だと!」


コンコン。扉を叩く音が、喧嘩になりそうだったわたし達の邪魔をした。

玄関へと向かう師匠の後ろを、わたしもついて歩く。べ、別に師匠を心配してる訳じゃあないんですからね!

扉を開けた先に居たのは、痴女だった。普通ではないはずの水着姿も、もう見慣れちゃいましたよ。


「おはよ、マー君、ピーちゃん。わたしよ、貴方達の恋人、ピピルピよ」

「「せめて一人にしろ!」」

「あら、仲良し」


わたしと師匠が仲良しなのは悪い気しませんけど、わたしも師匠も貴様の恋人ではないのです。

微笑む痴女は白い箱を持って、自分の脚で立っている。

わたしは心優しいので、一応心配もする。


「痴女、もう目は大丈夫なのですか?」

「うん。あの後、白の魔法使いさん虫歯治ったみたいでね。回復魔法で治してもらったわ。心配してくれてたの?」

「まぁ一応。わたしは寛大で優しいので」

「嬉しい。ありがとう」

「きぃやぁーっ!」


しゃがみ込んだ痴女は、わたしのほっぺにチューをしてきた!

わたしは叫び声をあげ、思わず痴女にビンタを食らわせる。わたしのかわいいほっぺが汚されたんです、ほんとはビンタ一発じゃ許されない!

それでも痴女は何故か嬉しそうに頬をさすっている。


「ひどいわピーちゃん。唇にしなかっただけ我慢したのよ?」

「酷いと思いません、バカ、帰れ!」

「あぁ待って。ピーちゃん、これ白の魔法使い代表から」


そう言って痴女は白い箱を渡してきた。

わたしは眉間にシワを寄せながらも、シンプルな箱を両手で受け取る。重くはない正方形。むしろ軽いくらいです。斜めにするとカタっ、と音がした。


「わたしに?」

「そう。迷惑かけたみたいでごめんねーって。防御魔法も元通りかかったから。もう安心していいわよ」

「この箱は?」

「お詫びの品、というよりご褒美なんじゃない? 自分で渡せばいいのに、恥ずかしがっちゃって」

「そうでしたか……まぁ仕方ない。許してあげましょう」


立ち上がった痴女は師匠の顔を見る。見ないでほしい。


「マー君も元気そうね」

「あぁ、世話になって……いや、ピピルピは大して何もしてねぇな」

「愛を提供したじゃない」

「あんな一方的なもの愛じゃない。礼はシャバにする」

「冷たい事言っちゃって。でも分かってるわ。マー君が実は優しいって事。本当に……優しすぎるのもどうかと思うわよ?」


眉を八の字に曲げる痴女に、師匠も不満げな顔をしている。どういう事です?


「……何が言いたい」

「分かってるくせに。まぁいいわ、今日はこれからデートの約束があるから帰るわね。マー君もピーちゃんも、今度デートしましょう」


再び笑みを浮かべた痴女は、ひらひらと手を振りながら去っていく。


「「誰がするか!」」


わたしと師匠は、再び声を揃えた。まぁ、仲良しなのは悪い気しませんけど!



 痴女の姿が見えなくなった後、家の中に入ったわたしはリビングのテーブルの上に箱を置いた。


「せっかくですからいただきますか。痴女の手作りではなく白の魔法使い代表が買ってきたもののようですし、多分食べても大丈夫でしょう。食べ過ぎたら虫歯になっちゃうかもですが」


わたしは箱を開けた。中には猫の形をしたかわいらしいチョコレートが並んでいる。かわいいわたしにピッタリです。


「師匠、これ……」


わたしは師匠へと箱を差し出したものの、すぐに自身の背中の後ろへ隠した。また全部食べられたら嫌ですからね。


「とらねーよ」

「一つくらいはあげても構いませんよ。全部はダメです。これはわたしのです」

「分かってるって」


仕方ない、恵んでやろう。わたしは師匠に箱を差し出す。全部取られるんじゃないかと、まだ若干疑っている。

師匠はチョコを一つだけつまみ、口に入れた。うん、元気そうです。


「ん、うまいじゃん」

「よし、毒は入ってなさそうですね」

「お前師匠に毒味させるなよ。まぁ入ってないし、普通にうまいから。食え」

「……わたしが作ったのよりおいしいですか?」

「あ? 比べるのもおこがましい。お前のあれは毒だったろ。マズくはなかったけど、毒耐性のある俺じゃなかったら即死んでたぞ」

「毒は入れてませんってば」

「似たようなもんだろ。確かに死ぬほどじゃないだろうなとは思ったけど、あんないかにも呪われてるのが分かるレベルじゃダメだ。毒でも呪いでも、入れるならもっとバレないようにしないとだし、入れる気ないならそもそも失敗しないように勉強しやがれ」

「分かったですよぉ……チョコ食べてから勉強するです!」

「ったく、全部一気に食うなよ」

「はんっ、師匠ごときに言われずともですよ」


わたしはチョコレートをジッと見つめる。目の前に並ぶチョコレートは、それぞれ微妙に形が違っていた。猫が笑ってたり、泣いたりしている。かわいいかわいいチョコ。でも見た目だけならわたしの作ったチョコだって負けてない。

わたしは一粒のチョコレートに手を伸ばした。おいしそうなチョコに、思わずニコニコしちゃう。

だがすぐに、その手を止める。

なんか……見落としてる気がする。

さっきの師匠の言葉と、わたしのチョコの事を思い出す。

あれ……? おかしくないですか?


「……師匠?」

「何だよ」

「わたしの作ったチョコ、呪われてるって分かってたんですか?」

「だって呪いの魔力めちゃくちゃ見えてたし」

「じゃあ何で食べたんです?」


眉をぴくりと動かした師匠は、わたしに背を向けた。頭をかいて、わたしの顔を見ないまま喋りだす。


「だってほら、一応? 一生懸命作ったとか言ってたし? これで俺が食わなかったらお前が食うだろうし、捨てたら泣きわめいて面倒くさそうだから。まぁ、結局泣いてたけどさ」

「……つまり、わたしのため?」

「……まわりまわって、俺のためだっての」


背中を向けられているお陰で、わたしは嬉しさでいっぱいになった顔を見られずに済んだ。だがいつ師匠が振り向いてしまうか心配にもなって。


「ふんっ、自分の事ばっか考えてる師匠らしいですね。弟子のわたしがしっかりしなきゃなのです。そうだ、確かわたしのお部屋にも参考書があったですね。ちょっと取ってくるです」


無理やり誤魔化して、わたしはその場から逃げた。

師匠ってば、わたしのために犠牲になったんですか!?

だとしたら、とんでもない奴ですよ。普段あんなに意地悪なのに、あんなに態度も悪いのに。

師匠の優しさが、とても嬉しい。

呪いの魔法を勉強するようにと言われましたけど、今はそれより知りたい事がある。

呪いでも何でもいい。

何でもいいから、とにかく顔の熱が冷める魔法を誰が教えろですよ……!

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