【6】 朝ごはん食べてたら旦那様来た。


次の日の朝。


「お嬢様、起きてくださいまし。朝ですよ」

「ふぁああい」


 メイド人形のナニーが起こしに来た。

 ナニーは茶髪でまるっこい黒目をしている。


「とくにすることないのに……起きる必要あるのかな?」

「まあ、ちゃんとした生活をしないといけませんよ」

「はあーい」


「それに、シェフがもうすぐ朝ごはんが出来上がると」

「お、いいね」


 シェフとは、その名のとおり、シェフの姿をした人形だ。

 彼には一流シェフの腕がある。


 私は適当なワンピースを着て、頭に赤いリボンのついたヘアバンドをした。


「ねえねえ、お庭で食べたい!!」

「かしこまりました」


 良い天気だし、せっかく綺麗な庭園があるのだもの。


「うーん、空気おいしい!」


 もうずっとここで暮らしたい。

 私は青い空と白い雲、そしてたまに香る草の匂いに癒やされながら食事を口に運んだ。


 シェフには、前世メニューを頼んでいる。


 パンに目玉焼き、ウインナー。そしてジュース。サラダも忘れずに。

 お城じゃ、胃もたれメニューしか出てこなかった。

 美味しかったけどね。

 あいつら(※両親のこと)よくあんな豪勢なメニューを朝昼晩食って、何年もよく太らないな。

 そこはすごい。


「お嬢様。人が来ましたので人形にもどります」


 そばにいたナニーが、その姿を消した。


「えっ」


 庭園で遊んでたぬいぐるみたちも、慌てたように、次々と姿を消していく。


「侍女が来たのかな。……昨日ちょっとふっ飛ばしちゃったけど、怪我しなかったかしら?」


 怒っていたとはいえ、さすがにちょっとやり過ぎたかな、と思ってちょっと心配はしてた。


 私はそのまま食事を続けたが、しばらくすると、


「……ここにいたんですね。探しましたよ」


 旦那様とセバスが、姿を現した。


 私は座ったまま挨拶した。ぺこり。

 だって私、もとお姫さまだもーん。それに私に冷たいこの人達に礼儀を尽くす必要は感じない。


「あら、おはようございます、旦那様、セバス」


 私は微笑んだ。


「おはようございます」


 セバスが挨拶を返す。


「……」


 旦那様が無言で私をじっと見た。そして変わらず無表情。


 ……???


「旦那様? なにかご用でしょうか?」


「あ、いや。おはようございます」


 少しハッとした様子で旦那様が挨拶を返された。


「昨夜、本棟にぞくが侵入しましたので、こちらの別棟に変わりないか確認に参りました」


「まあ怖い。被害はありましたの?」


 私は怯えたふりをした。犯人は私ですけども。


「食料庫から備蓄びちくの食料がごっそり奪われ、侍女が一人、軽い捻挫ねんざを」


 捻挫しちゃったか。

 思ってたより吹っ飛ばしちゃったからね。

 ごめんね。


「まあ……。それは大変でしたね。あ、こちらはとくに何も……静かな夜でございましたわよ」

「それは良かった。ですが念のため、点検させていただきます」

「確かに必要な仕事ですわね。どうぞ」


「では、行ってまいります」

 セバスが一礼して玄関へ向かった。


 食料は数日分を除いて、ブランカに入れっぱなしだ。

 そしてそのブランカは今、ぬいぐるみに戻っている。

 バレはしない。


 ……ん?

 そういえば旦那様がまだここにいる。

 セバスと点検行かないの?


「ところで、その侍女の話なのですが」


 旦那様が向かいの席に座った。


「は、はい、なんでしょう」


 ……バレてないとは思うけど、ちょっとドキドキするな。


「……私はここに住み込んであなたの面倒を見るように言っておいたはずなのですが、彼女は昨日、本棟の自室で休んでいた。あなたから本棟に帰って良い、と言われたと話しているのですが本当でしょうか?」


 えーーー!

 私、そんな話してないけど!

 侍女ぉ!!


 ……あ、でも。

 ……旦那様は、片方の意見だけじゃなくて、私の意見も聞いてくれるんだ。

 へえ……。


「私はそのようなことは言ってませんね。そして彼女は昨日、案内だけして本棟に帰られましたよ」

「なんだって。……じゃあ、昨日は食事や風呂は……」

「昨晩は……その、食事は摂らず、風呂はシャワーが使えましたので、そちらを使わせて頂きました」


 本当のことだ。

 昨晩は結構魔力も使ったし、長旅で疲れてもいたから。

 食料は奪ってきたものの、食べる気が失せてしまい。

 結局は何も食べないでシャワーだけ浴びて寝た。


「そういえば、この食事は?」


 旦那様が目の前の朝食を見て言った。


「えっと、ここの食料庫に少し材料が用意されてましたので、それを自分で支度いたしました。……いけなかったでしょうか」


「いえ、構いません。むしろ申し訳ない、教育が行き届いてなかったようです」


 ほう。

 なるほど、いくら私の醜聞を聞いて軽蔑していようと、自分の人としてのレベルを下げるようなマネはしない人なんだな。


 そう思うと、昨晩ハプニングに巻き込んでしまったことがちょっと申し訳なくなった。

 あんな夜遅くまで働いているんだな。


 しかし、旦那様は次に余計なことを言い始めた。


「新しい侍女を来させますので――」


 え、いりません。

 人形たちが世話焼いてくれるし、昨日あの侍女が帰ってくれたおかげで、完全な1人暮らしが楽って事を知ってしまった。


「いりません、必要ないです」


「え、ですが」


「むしろ、食料だけ分けて頂ければ自分の事は全部自分でします。……暇ですし」


「あ……」


 無表情が動いた。

 なにその罪悪感が湧いたかのような顔。


「ああ、いえ。夫人の仕事をさせてもらえないのが不満、とか思ってないですよ。私は、このままで満足なんです」


 仕事しないでいいなんて、ご褒美でしかない。


「そういうわけにも」


「私、一人がいいんです。旦那様もそのつもりで私をこちらへご案内されたのでしょう? ならいいじゃないですか。あ、文句で言ってるんじゃなくて、本当に1人がいいんです!」


 そう言って、私は敵意ありませんよ~の意を込めてにっこり笑った。


「……。……あ、そ、そうです、か。では、たまに様子を見に来るか、誰かを来させます。屋敷もたまに点検は必要ですし」


 旦那様が少し目を逸らして言った。

 彼からしたら私は汚物かもしれない。目も見たくないのかもしれない。

 それにしても、たまに使用人が来るのかー。まあ、それは仕方ないね。

 屋敷の点検は必要なことだし、それに――。

 こんな醜聞まみれの女。……変なことしないか監視は必要だよね。しょうがない。


「ええ、たまになら、どうぞ」



 しばらくすると、セバスが戻ってきて、二人で一緒に帰っていった。


 二人が帰った後、私は食事を再開したけれど。

 ……あーあ。

 目玉焼き、冷めちゃったな……。


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