24 婚約者

勾玉をハンカチに包み戸棚にしまう。


 すると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。


「どうぞ」


 そう返答するや否や、部屋の戸から今では見慣れた美青年が飛び込んでくる。


「梓。迎えに来たぞ」

「ありがとうコウ」

「よし。昔から比売ひめを救った後にすることなんざ決まっている」

「婚礼でも挙げるつもり?」

「そうだ。そうだぞ」


 満面の笑みを浮かべていたコウの表情が、不思議がるような表情へ変わる。


「嫌だとか言い返さないのか?」

「言い返して欲しいの?」

「いいや。そうでは無いが……なんだか調子が狂うな」

「婚礼の前にやることができたの」

「ほう? ヨバヒか」

「平安時代より前の手法で求婚するんじゃない。そうじゃなくてコウの正体が分かったの。貴方が何のためにここに居るのかも」

「私が存在する理由……」


 コウの表情が曇る。

 その表情はかつてエイユウサマと呼ばれた頃の彼のものと似通っている。

 返す言葉を探っていると、再び廊下からこちらへ向かう足音が聞こえてくる。

 この重い足取りは母のものだ。いや、母の他にあと一人いる。


「お母様が来た。コウ隠れ……」


 そう言い放つや否やコウの姿は消えていた。代わりに肩の上に白い鳥が乗っている。

 確かにコウの姿はこの場から無くなったが、事情を知らない母が見れば困惑するだろう。


「梓。入ってもいい?」

「どうぞ。お母様」


 戸を開いた母はいつも通り橘柄の着物を纏っている。そして彼女の背後に立つのは同世代ぐらい見える一人の男性。

 

 髪は灰色のウルフヘアー。黒基調のフォーマルな服を纏っているが、よく見てみればバッグについている小物は流行りものばかりである。


「その人は誰?」

「八坂家の御子息よ」

「私まだ結婚するなんて言ってないけど?」

「御子息の方が貴方と話がしたいって来てくださったの」


 八坂家の息子は礼儀正しくこちらに一礼する。


「初めまして。八坂栄やさかさかえと申します」


「えぇ。初めまして。橘樹梓です」


「おや、私の顔に覚えはありませんか?」


「ありませんよ。初めましてと仰ったのに、私のことを知っているので?」


「話すのは初めてですが、貴方のことは知っていますよ。ほら、倫理学の講義でいつも隣の席に座っていらっしゃる方ですよね」


「まさか同じ大学……」


「そのまさかですよ。私は神道学科専攻なんですけどね。一般教養科目で時々綺麗な方がいらっしゃるので気になっていたんです。まさか、こうしてお話できるとは」


 「綺麗な方」という言葉に反応したコウが、抗議するようにピョンピョン跳ねる。

 それにしても彼が神道学科専攻だということは、彼に神社を継がせるつもりだろうか。


「おや、その肩に乗った可愛らしい方は?」


「貴方達、魔法使いウィザードが使い魔と呼んでいる存在ですよ」


 抗議の鳴き声がより激しくなった気がするが、今は気にしないでおこう。


「これはこれは使い甲斐のありそうな使い魔で。特に生贄の儀式に」

「そんなことしないわよ」


 何やら気まづい雰囲気が流れ出したら様子を見た母が口を挟む。


「ひとまず二人とも、まずは外に出てお話しましょうか。今は庭に咲いている向日葵も綺麗なはずだし」


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