第11話 本当の恋人になった!

僕の住まいは洗足池駅から徒歩10分のところにある賃貸マンションだ。部屋は2階にあり1LDKだ。廸の部屋と大差ない。ただ、マンションの入り口に訪問者用のパネルがあって各部屋に連絡できるようになっている。部屋のパネルで訪問者を確認して入口ドアを解錠する。


リビングには敷物のうえに座卓を置いている。そこで食事をする。それから42インチの大型テレビ、横になれるソファーを置いている。食事のあとはソファーに寝転んでテレビを見ている。


寝室にはセミダブルのベッドと机。机の上にラップトップのパソコンとプリンターを置いている。そのほかに書棚を置いている。家具は少ない方だと思う。食器や調理器具も必要最小限のものしか持たないようにしている。もちろん食器棚などない。


廸は午後2時に来ることになっている。今日は早く起きて、掃除、洗濯、ベッドメイキングをした。10時になって、近くのスーパーに飲み物などを買いに出かけた。


2時丁度にチャイムが鳴った。モニターに廸が映っていたので、すぐにマンションの玄関ドアを解錠する。すぐに部屋のドアを開けて廸が上がってくるのを待っている。


僕が玄関から顔を出して待っているのを見つけるとニコッと笑って駆け寄ってきた。中へ招き入れる。すぐ前を歩く廸を後ろから抱きしめてキスしたかったができなかった。


入ってきた廸はすごく緊張していたのが分かったからだ。そんなことにかまわずやりたいようにすればよかったのだが、それが僕の悪いところだ。


「コーヒーを入れてあげよう」


コーヒーメーカーで豆を挽いてセットする。


「コーヒーがお好きなんですね」


「豆はここのところ気に入っているキリマンジャロだ。値段の割には味が整っていて好きなんだ」


「知りませんでした。コーヒーの話はしたことがありませんでしたね」


「話題がそっちに行かなかっただけだと思う。隠していたわけではない。君の料理と同じかな」


「お付き合いしていてもお互いに知らないことがまだたくさんあるのですね」


「『ごっこ』だったからかもしれない。やはりどこか本気でなかったからかな。もっと君のことが知りたい」


気が付くと僕は廸を抱きしめていた。廸はこれを待っていたかのように抵抗しなかった。いつものシャイな僕だったら、恐る恐る彼女に触れていたに違いない。でももう僕の決心は揺るぎのないものになっていた。だから躊躇なく彼女を抱きしめられたのだと思う。


彼女も僕の決心が分かったのだと思う。だから抵抗しなかったのだと思う。僕は彼女を抱き合上げて、寝室のベッドまで運んだ。こうなることを想定して僕は準備していた。何回も何回も頭の中で繰り返していたシミュレーションを淡々と実行に移していった。そういうやり方は僕が得意とするところだった。


廸が男女の関係になったのは僕が初めてだったと確信した。親友の秋谷君と一時遊び歩いたこともあったので、こんな時の女性の扱いに気後れすることもなく、冷静に廸を自分のものにすることができた。だから僕には直観的にそう思えた。それがとても嬉しかったことを覚えている。そのときの一部始終の記憶が今でも鮮明に残っている。


廸はぎこちなく僕に抱きついている。二人が一つになったとき、廸はひどく痛がった。僕は抱きしめていた腕を思わず緩めてしまった。それでも廸は僕に強く抱きついてきた。それに気づいて僕は力一杯彼女を抱き締めなおした。「嬉しい」という声が聞こえた。それからずっと二人は抱き合ったままだった。


いつの間にか僕は眠っていた。廸も布団の中で僕にしがみついて眠っているみたいだった。廸の寝顔が見たくなって、布団の中をのぞいたら目が合った。


「眠っていると思った」


「眠っていたみたいです。少し前に目が覚めました。恥ずかしくて動けませんでした」


「ありがとう」


「こちらこそありがとうございました」


「服を着てもいいですか?」


「ああ、コーヒーがそのままだった」


「コーヒーをいただきます」


本当はもう一度彼女を抱きたかったが、そうは言えなかった。まだまだ遠慮がある。彼女が服を着る間、本当は裸の彼女が服を着るのをみていたかったのに、僕は目をそらせていた。彼女が着終わったのとほぼ同じタイミングで僕が服を着た。


そしてリビングのコーヒーメーカーにところへ二人で向かった。コーヒーは保温されていてまだ温かだった。二つのコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。


廸に何と話しかけてよいか分からない。間がもたない。廸も同じみたいだった。並んで座ってコーヒーを飲んだ。


僕は隣の廸の肩をそっと抱いた。そうしたかったからだ。それが自然にできた。廸は黙って抱かれている。思うとおりにやりたいようにすればいい。そう思った。


「とてもハッピーな気分だ」


「私も」


僕は廸にキスした。ディープキスがしてみたかった。唇を吸った後におそるおそる舌を動かして彼女の口の中へ差し込んだ。彼女の舌が動いて僕の舌にふれた。すごい満足感があった。しばらく彼女の舌の感触を楽しんだ。唾液が溢れそうになったのでそれを飲み込んで唇を離した。


廸はうっとりしている。寄りかかって頭を僕の肩に預けている。そのまま動かないで余韻を楽しんだ。言葉では言い表せない満足感と充実感が僕を包んでいる、いや二人を包んでいる。このままずっとこうしていたい。そう思った。


どれだけ時間がたったか分からない。二人はもたれかかってまた眠っていたみたいだった。夕暮れが近くなって僕たちは気が付いた。


「食事に出かけないか? 近くにおいしいイタリアンレストランがあるから、予約しておこう」


携帯で連絡して、開店の時間を確かめた。6時開店というので6時に2名の予約を入れた。ここからは歩いていける距離にある。

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