第5話 「恋愛ごっこ」のゆくえ

それからは誘われて1週空けた週末に『恋愛ごっこ』をするようになった。デートのときには自然に手をつないできたし、腕も組んできた。廸は僕の恋人のように振舞ってくれた。


でも廸は仕事の関係で会議に同席したときや2対2や1対1で打ち合わせをするときも決してそのような素振りは見せなかった。


会議で時々可愛いなと見ていた女性と週末にデートして、そういうことが自然にできることをいつか楽しむようになっている自分がいた。廸と『恋愛ごっこ』で話していると心が和んで癒された。1週ごとの週末に会うのが待ち遠しいと思うこともあった。


僕たちは都内の恋人たちがいきそうなところを2週間毎に訪れた。午後に落ち合って、手をつないで歩きまわった。歩き疲れるとコーヒーショップやマックで一服した。あまり高価な店は避けた。僕はこだわらなかったが、彼女がこだわった。長続きしないから好まなかったのだと思う。


それより『恋愛ごっこ』を繰り返すと新しい行き場所がなくなってきた。廸は日帰りが可能な遠方にも行ってみたいといった。それでディズニーランドに行ったときは丸1日を費やした。


そこで今度は箱根に土曜日に日帰りで行くことにした。朝8時に新宿駅で待ち合わせをして、小田急ロマンスカーで箱根湯本へ、箱根湯本から箱根登山鉄道で強羅へ、強羅からケーブルカーで早雲山へ、早雲山からロープウエイで桃源台へ、途中大涌谷を見物して、桃源台でランチをとった。


それから箱根海賊船に乗って箱根町港で下船して箱根の関所を見学、箱根町港から箱根登山バスで箱根湯本へもどり、お腹が空いたので食べ歩きをしてから、新宿へ戻ってきた。


二人はいつも手をつないで歩いていた。また、乗り物の中では廸は僕の肩にもたれ掛かって眠ることも度々だった。僕は少しも嫌でなかったし、どちらかというとそれを楽しんでいた。やはり『ごっこ』には『ごっこ』で答えなければならない。それが『恋愛ごっこ』の当然の約束事だと思っていた。


知らない人が見たら、きっと新婚の夫婦か付き合いの長い仲の良い恋人同士のように見えたに違いない。僕もそのような錯覚を感じつつ横目で廸を眺めていた。


ただ、僕が廸に取った態度は、彼女が関連会社の社員で仕事上の付き合いがあるということが前提というか頭の中にあった。また『ごっこ』が前提になっていたので、誠実というか真面目そのものだった。やはり恋愛には向かないやっかいな性格だった。


手をつなぐことは自然にしていたが、彼女の身体に積極的に触れることはしなかった。もちろん、彼女を抱きしめたり、キスをしたりもしなかった。それも『ごっこ』に含まれるとは考えることができなかった。


箱根にいった帰りに廸は今度は1泊どまりで何処かへ行ってみたいと言ってきた。


「ええ、それは『ごっこ』の行き過ぎではないのかな?」


「恋人同士だったら、そういうこともありだとは思いますが?」


「やめておこう。自信がもてない。君に嫌われたくないから」


「考えすぎではありませんか? 『ごっこ』なんですから」


「そうかもしれないが、やめておこう。僕はこのままがいい。長く続けたいから」


「そうですね」


廸は引き下がってくれた。僕が廸をとても大切に思っていたことは間違いない。そして前へ進むことを自ら戒めていたのだと思う。だから「恋愛ごっこ」を続けていても、それ以上に進もうとはしなかったし、できなかった。

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