記憶をなくしたVtuber

絶対に最初の歌ってみた動画は涼と出す!


そう凛音が言っていたとしたなら恐怖でしかない。

「私と凛音が録音した音声を動画投稿してめっちゃバズったの覚えてる?」


元々、俺は咲希と凛音のいたずらで音声を録音され、それを動画投稿サービスに投稿していた過去がある。

俺の歌があまりにも下手だったからか、動画投稿から1週間で100万再生は今思っても尋常ではない早さだった。

まあそのアカウントも消したんだけどね。


「あの時は凄い伸びだったよな・・・」

「そうだよ!だから凛音も涼と歌ってみた動画を出したいっていう風に言ってくれたんだって!もっと自分に自信を持ってよ!」


自信を持てと言われても、あの動画は俺の黒歴史になっていることは間違いない。

だから凛音の配信に出るっていうのは、ちょっと...。



「まあ、いずれにせよ、足立さんとは話をしないとだね」

咲希の口から足立さんの名前が出てきたことに疑問を抱く。


「え?足立さんと知り合いだったの?」

「知り合いも何も、一応凛音の絵師なんだよ?そりゃ会社の社長さんとも少しはお話させてもらうでしょ」


と言われた。

確かに咲希はゔいのじの専属絵師という訳ではないが、事務所に新しく入るVtuberの絵師なのだから、会社に挨拶くらいはするかと自分の中で納得する。


「取り敢えず電話してみるね」と咲希に言われ、足立さんに電話をかけると、


「もしもし?辻 咲希さんですか?」

と電話が繋がった。


「はい、そうです」

急に真剣な表情に変わった咲希を見て、仕事熱心なんだなと改めて認識する。


「ちょうど良かった。辻さんにきちんと伝えないといけないことがあるんです。小瀬川 凛音が記憶をなくしてしまって・・・」

「ああ、存じ上げています」


すると、電話先から驚いたような声が聞こえ、

「何故知られているんですか?」

「小瀬川 凛音と幼馴染で、記憶をなくした旨をもう1人の幼馴染である西條 涼から伝えてもらったんです」


きっと足立さんは困惑しているんだろう。

電話先から数秒間音声が聞こえなくなった後に、「ああ、そういうことか」と俺たちの関係を理解したのか、急に落ち着いたトーンになって


「そういうことでしたか。取り敢えず小瀬川 凛音のVtuberに関しての計画はまた先延ばしになりそうですね」

咲希も頷き、「そうですね」と言おうとしたその瞬間、



「待って」

横にいた記憶を失った小瀬川 凛音が口を挟んだ。


咲希はスマートフォンから耳を離すと、電話先の足立さんが「そちらに小瀬川 凛音がいらっしゃるのですか?」と聞こえたが、今はそれどころじゃない。


「私は記憶をなくしたけど、小瀬川 凛音っていう私が、Vtuberをやりたいって言ってたってことはきっと何か思入れがあったのかもしれない。だから...だから!」


そして凛音は言い放った。


「私、記憶をなくしたVtuberとしてデビューしたい」

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