自覚

「凛音!俺のことを覚えてる?」

「いいえ、覚えてないわ」


俺は今、凛音の覚えている記憶の確認をしている。

こうなったのも凛音の父にお世話係を頼まれたからだ。仕事が忙しく、すぐに海外に飛び立ってしまったが、飛び立つ前に色々な準備をしていってくれた。


凛音が入院していた病院の院長に「記憶を戻す方法として、過去の想い出を遡ることが有効」と聞いたため、沢山の写真が入ったアルバムや、賞状などの記念品、誕生日プレゼントに凛音に買ったものなど、様々な物を用意してくれた。

「取り敢えずお金に関してはこのクレジットカードを使って」と言われ、一枚のクレジットカードを渡された。パスワードまで教えられ、俺に大きな信頼を置かれていることを実感しつつ「大切に使わせていただきます」と宣言した。


その後、凛音との同居が始まった。


「凛音!俺のことを覚えてる?」

最初に聞いた質問はそれだった。


「いいえ、覚えてないわ」

口調はかつての彼女のままだが、完全に彼女は全ての想い出を忘れてしまっている。

俺は「自分の名前を思い出せるか?」と聞くと「いいえ、全く。小瀬川 凛音が私の本名だと病院の人から聞いたけど、全くピンとこないわ」と告げられ、絶望していた。


その後、俺は彼女に全ての情報を偽りなく伝えた。ただ、記憶がなくなったと言いつつも、彼女らしい部分は健在だったのだ。

俺が言った発言はきちんとメモをとり、この状況を受け入れようとしている。全く別の人間になってしまったような感覚だが、彼女らしさは消えていなくて、少し安堵した。


一連の人生についてアルバムをもとに説明していき、俺との関係について話すことになった。

「俺は、凛音の幼馴染なんだ。高校までは辻 咲希っていう友達と3人でよく遊んでいたんだよ。それで凛音が大学生になった時から、少し疎遠になったんだ」


すると凛音は

「ふーん。何か隠しているでしょ?」

と見透かされた。


「涼、だっけ?貴方、顔に出やすいわよ。大学生の時からの関係について話している時だけ、全く落ち着いていないわ」


凛音は俺が隠しているということを見抜いた。今まで顔に出やすいなんて言われたことがなかったので、昔から凛音にそう思われていたのかもしれない。


だが、考えるべきなのはそこではない。

レンタル彼女の話をするか、どうかだ。余計に凛音の混乱を招くような気がする。ただ、彼女にとってレンタル彼女が人生において重要な役目を果たしていたのなら、記憶を戻す手がかりになるかもしれない。


俺はそう思い、正直に話すことにした。


「実は・・・咲希に『彼女がいる』と嘘をついて、その嘘を隠し通すために、レンタル彼女を借りたんだ。そしたら、そこに来たのは小瀬川 凛音だったんだよ。その後、結構驚かれたけど、最後まで彼女という嘘はバレなかったんだ」

俺がそう説明すると、


少し驚いたような表情をしたが、

「へえ、そんな偶然があるものかしら。咲希って人に私がレンタル彼女だって打ち明けたの?」

と図星をついてくる。


「実はそれがまだ、言えてなくて。だから凛音が記憶をなくしたこの際に言っちゃおうかなって思ってたんだよ」


すると凛音は

「へえ、少しは見直したわ。ここまで説明を聞いている限り、貴方は真っ当な人間とは思えもしなかったけど、少しはかっこいい所もあるらしいわね」

と罵倒しつつ、俺を褒めてはくれた。


「で?咲希って人に言うの?私が記憶をなくしたことと、レンタル彼女であったことを」


凛音に直接そう言われると、少しは心が揺らぐと覚悟していた俺だったが、意外と決意は固まっていた。


「うん、今から言いに行くよ」

「それが良いわ、私も何か思い出せるはずだし」



凛音にも後押しされ、俺は咲希に「凛音は彼女じゃなくて、レンタル彼女だったんだ」と伝えることを決意した。



◆◆◆◆◆


ピーンポーン♪


軽快な音がインターホンから鳴り響く。


すると大きな音がしたと思えば、勢いよく扉が開く。

「凛音!!!無事だった!?」

そう言いながら、凛音を抱きしめる。

記憶を失っている凛音も、咲希が記憶を無くす前の自分を愛していてくれたことを察して、お互い抱き合った。


「涼!どうして凛音が無事か連絡してくれなかったの?私ずっと心配で心配で・・・」

「本当にごめん。凛音がそれどころじゃなかったんだ、許してくれ」

「え、それどころじゃなかったって何があったの?」

咲希が疑問に答えようとしたその瞬間、



「私ね、記憶喪失したらしいの」

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