ふりかえるな その1

私のクラスでは最近、あるおまじないが話題である。


誰が言い始めたのか、いつからかはわからない。ただ、私の学校では代々上級生から下級生に語り継がれているのだとか。

内容はこうである。


①今は使われていない焼却炉の中に自分と好きな人の名前、生年月日を記入した紙と髪の毛を数本、一緒に入れる。

②学校から自宅までの帰り道の間、何があっても決して振り返ってはならない。

③無事に家の扉をくぐることができれば、好きな人と結ばれる。

④一人で行うこと。


私のまわりでもこのおまじないは、流行っていた。おまじないは、退屈な学生生活に少しばかり刺激を与えてくれる娯楽として理解していた。しかし、私の認識とはよそに、おまじないは人気に拍車がかかった。隣のクラスのある女子が、成功させたからだ。


ところで、私はA君が好きだ。A君と恋人になりたいが、自信がない。私も例に倣って半信半疑、駄目で元々、それでも好奇心が抑えきれずにやってみた。好きな人の髪の毛を回収するくらいには、私は既に手遅れなのかもしれない。


いざ、放課後に実行してみた。焼却炉の周りには四方に杭が打たれ、縄で囲まれていた。危ないから進入禁止と警告しているのだろうが、簡単に乗り越えることができた。


焼却炉の中は空っぽだった。少なくとも、紙のようなものはなかった。おかしい。他にもっと私のようなものがいると思っていたし、成功者がいるなら少なくとも一つはあるはず……だが中は空っぽだった。不安を振り払うかのように、私は用意したモノを放り入れ、焼却炉を後にした。


心臓の鼓動が早い。自宅まで徒歩で20分。日が落ちはじめ、暗く始めた曇り空の下、私は速足で向かう。


5分ほどたった頃だろうか?


「ヒロちゃん?これおとしもの!」


後ろから、女の子の声で呼ばれた。思わず、振り返ろうとするが、私は学校から自宅までの帰り道の間、何があっても決して振り返ってはならない。かといって、知り合いなら次に会った時にバツが悪いので、少しばかり考えた結果、前を向いたまま声をかける。


「だれ?ごめんちょっと今急いでて…」


「ヒロちゃん?これ、おとしもの!」


焦っていたからだろう、気付かなかったのかもしれない。


「ありがとう!変なお願いで申し訳ないんだけれど、持ってきてくれないかな…」


「ヒロちゃん?これ、おとしもの!」


私は、ここで気づく。女の子の声に違和感がある。感情が上手く乗っていないのだ。いや乗りすぎている。3度とも全く同じ調子なのである。私の声が届いていないのだろうか、そうこう考えている間にもスタスタと足音と共に女の子が、


「ヒロちゃん?これ、おとしもの!」


駄目だ。私の後ろにいるのは人ではないのだ。


駆け出すと、スタスタという足音がスタスタスタスタスタと徐々に速くなっている。何かに追いつかれるとどうなるのか、噂では何かに追われることも、追いつかれた後どうなるのかなんて話はなかった。

わからない、怖い。追いつかれるわけにはいかない、必死に走る。誰か人はいないのか、決して人通りが少ない道ではないはずなのに。声と足音は続く。


「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」「ヒロちゃん?これおとしもの!」


壊れたレコーダ―のように繰り替えすその声は、同級生に親切な明るく元気で爽やかな女の子にしか思えないのに、息が切れている様子はない。足音はもうすぐ後ろまで来ていた。もう無理だ、追いつく、鞄についているお母さんからもらったお守りの紐が揺れる。後ろに投げつける。家まであと少しといったところで、ふっ、と足音と声は止まった。後ろの様子を確かめたいのをグッとこらえ、泣きそうになりながらはぁはぁと息を切らし、最後の角を曲がって家が見えたとき、安堵が押し寄せる。着いたのだ、家に。


玄関の門の取っ手を着かんだところで、買い物から帰宅してきたのだろう母の声がさらに私の恐怖で染まった心を優しく包む。


「ヒロちゃん、おかえりなさい!」


「ただいま!!!!!」

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