テーマ 蜘蛛 正

@Talkstand_bungeibu

Ideals/Like A Spider 1



 彼女の長くて黒い髪。

 人を惹き付ける、不思議な魅力のある彼女を見ていた。

 薄茶色の瞳。綺麗だと思った。

 いや、どうせその天性の魅力で色んな人間を誑かしているんだろう。

 自分にとっての彼女はそうだった。

 いつだって綺麗な服を着て、いつだって皆に愛嬌を振り撒いて、どうせ彼女なんて、と思っていた。

 ほら、また男といる。

 また男に媚を売って、また男と話している。


 最近流行りのアイドルの曲を思い出した。

「彼女は美しくて危険だ」

 なんていう歌詞で、4人組の男がスーツ姿で踊っているMVだ。

 美しくて危険なんて言われてもピンと来なかったけれど、彼女を見ると納得できる気がした。



 授業終わり。

 彼女に呼び出された自分は、彼女を言葉で突き放すことにした。


「貴方みたいに器用には生きれない」

「自分も生まれつき貴方みたいに綺麗だったら」

 なんてそんなことを言った気がした。

 それを聞いた彼女はぽかんとしていた。

 彼女のその表情。意味が分からなかった。


 彼女は、綺麗だという自覚がないのか。

 いや、器用に生きているという自覚がないのか。


 考えた。私は。

 考えた末、もし蜘蛛が巣を張る理由にあったら、という思考に至った。

 蜘蛛の巣。獲物を捕らえるための。食べるため、獲物の生き血を啜るためのあの構造。

 あの計算された形。

 最早美しいあの形を考えた。

 もしあれが、獲物を捕らえるためではなく、ただ自分が楽に過ごす為だけの巣だとしたら。

 だとしたら、巣に引っ掛かる獲物を放置しては無駄になるから仕方なく食べるのか。

 だとしたら、巣に引っ掛かる獲物こそが悪ではないのか。


 恋愛の事しか考えられなくなった。


 彼女は変わらずぽかんとしていた。

 可愛いと思った。


「恋人はいるの」

 彼女は首を横に振った。


「だったら貴方を呼び出さないよ」

 彼女の言葉の意味が分からなかった。

 耳に入っているのに。

 理解できるのに、意味は分からなくて。


 適当に誤魔化して、コーヒーを飲んだ。

 安くて、その辺に売ってる缶のブラック。

 彼女はコーヒーを飲む私を見ていた。


「…そのコーヒー、好き?」

 私は首を横に振った。

「安いから買ってるだけ」

 彼女は頷いた。

「そうなんだ」


 彼女は自分のコーヒーを見つめた。

 ペットボトルの、甘そうなコーヒー。

 それを飲み、溜め息をついた。


「…そのコーヒ好き?」

 私の質問に、彼女は頷いた。

「うん、大好き」


 微笑む彼女。

 綺麗だと思った。可愛いと思った。


 薄いピンクの唇。


「ねえ、最近染めたよね?その髪、どこでやってもらったの?」

 彼女の質問。

 自分の髪を撫でながら答えた。

「駅前の、安いとこ」

 彼女は笑う。

「綺麗なアッシュピンク」

 彼女は色を正確に当てた。

「ありがとう」

 言葉に困った。

 彼女は笑った。

「ダメージケアはしてる?」

 頷く私。彼女は誇らしげに頷いた。

「だから綺麗なんだ」


 困った。


 彼女は私のそんな顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「聞きたい、貴方は…恋人とか、いる?」

 私は悩んだ。

 彼女と話すと楽しい。

 でも、もし、彼女に、自分の弱みを握られたら、なんて思った。


「いるよ、2年くらい前から付き合ってる彼氏が」

 もしこの後で「彼氏とどうだ」と聞かれたら別れたと言おう。

 顔を見たいと言われたら照れ屋だからと誤魔化そう。


 彼女は綺麗なピンクを唇をグッと噛み締めた。


「そっか」

 と言いながら甘いコーヒーを飲み干す彼女。

「そっか」

 自分には、彼女が涙を流す理由が分からなかった。

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