第4章 冤罪⑦

「断言できないけど……でも作ったCGには見えないな」


「誰よりも目がいいロックさんがそう言うのならそうなのかもね」


「モンスターとかフィールドとか本物の《ワルプル》にしか見えねえもん。ちっ……こんなにはっきりとトレインPKしますよってな画像、誰視点のキャプチャだよ。明らかに悪意があって俺を陥れようとしてんな」


「――偽者は単独犯ちゃうってこと?」


「この画像を見せられたらそう考えるのが自然だろ……なんなら被害者っつって抗議してるプレイヤーやギルドもグルかも」


「……全員が全員、そうじゃないと思う」


 静かにそう言ったのは、暗い顔で俯いたままのシトラスだった。


「根拠は?」


「《親衛隊》さんからも抗議があったの。あそこは《月光》と親交あるから……なんていうか、ロックに対して信頼があるはずでしょ? ロックを意図的に陥れようとするとは思えない」


 ……なるほど?


「まあそれは後で考えるとして。抗議って具体的に何言ってきてんだよ」


 ――俺はシトラスに尋ねたつもりだったが、答えたのはロキだった。


「別に示し合わせてここに押しかけてきたっちゅうわけやないねん。や、連中がグルならそういうテイ装おうてるだけか……そう考えんと今日まとめて送られてきた意味がわからん。ともかく、抗議ちゅうてシトラスにメッセ送ってきたんや」


「――今転送したよ、ロックさん」


 ロキの言葉を引き継ぐように、カイがそう言って俺にメッセージを飛ばしてくる。


 俺はそのメッセージの送り主の名前と内容を軽くチェックする。大体メッセの最初にギルド名が記載されていた。はぁん……見覚えのあるギルド名から、見たことのないものまで……


「僕らも見たけど、大別するとPKプレイヤーを排出した責任を取って解散しろ、か、今後は《魔女たちの夜ワルプルギス》に参加するな、だね」


 とりあえずの所感として、色々違和感がある。それ以上に疑問も。


「どこのどいつががどんなつもりでこんなことしよんねん……!」


 ロキが憤る。まるで自分のことのように怒っていた。それは他のメンバーも同様だった。


 まあなんだ、ピリついた雰囲気はみんな俺のために起こってくれていたわけだ。


 みんないい奴だからな……


「どんなつもりかって言えば、《魔女たちの夜ワルプルギス》の『ラース包囲網』と同じで俺をゲームから排除したいんだろ。今度はイベントじゃなく、このゲームそのものからさ」


 俺がそう告げると、ますますロキがヒートアップする。


「ジブン冷静やんか」


「状況がわかったからな。ウチに解散しろ、《魔女たちの夜ワルプルギス》に参加するなってのはあれだ、いわゆるドア・イン・ザ・フェイスってやつだ」


「……本命の要求を通すために、先に大きい要求をすることだっけ?」


「そう、それ突っぱねるとじゃあせめてって具合に本命の要求をしてくるやつな」


 尋ねてくるカイに頷き、俺は言葉を続ける。


「……シトラス、お前が被害者のギルマスだったらウチにどんな要求する?」


 話を振られたシトラスは驚いたが、少し考え込んで……


「……うーん、トレインPKの被害ってデスペナが一番大きいよね。デスペナは割合だから被害者のレベルによって実害変わってくるし……被害者のレベル確認して、それに見合うアイテムかゲーム内マネーで補填してもらうかな」


「だよな、それぐらいが妥当だろ? ギルド解散なんてあり得ねえよ――シトラス、マイトって今オンラインか?」


「え? あ……うん、オンラインみたい」


 メニューからフレンド欄を確認して、シトラスが頷く。


「ちょっとここに来れるか聞いてみてくれよ」


 俺がそう言うと、アンクが眉をひそめる。


「《親衛隊》の子ぉ呼んでどないするつもり?」


「あいつの兄貴が《親衛隊》のギルマスなんだよ。マイト経由で連絡取って、事情が聞けそうなら聞いてみようぜ」




「どうも、《親衛隊》のギルマスやってます、クロウです」


 それからしばらくして……シトラスにマイトを呼んでもらったところ、なんと話を聞きたかったお兄さん、《親衛隊》のギルマスを伴って現れた。話が早くて助かるが――


「《魔女たちの夜ワルプルギス》ではどうも」


 俺がそう言うと、クロウと名乗ったマイトの兄はなんとも居心地の悪そうな顔をする。


「そんな顔せえへんでええ。ちぃと話聞きたいだけや」


 ロキがそう言うが、しかしクロウは微妙な表情だ。


 その隣に座るマイトが俺に尋ねてくる。


「話って…例の件だよね?」


 マイトも話は聞いているようだ。というか、動揺してるのか? 喋り方がマイトより烏さんに近い。


「そうだ……大丈夫か? 話し方素に近いぞ」


 後半は小声で。マイトは大丈夫と頷く。


 動揺というか、緊張か? 《月光》と《親衛隊》はギルドとしちゃ同格だが、こういう形で他のギルドに呼び出されることなんてないもんな。日曜の雰囲気とだいぶ違うし。


「さて、クロウさん……マイトに頼んであんたを呼んだのは俺だ。応じてくれてありがとうな」


「いや、ウチも……いや、俺の方もあんた方に迷惑をかける形になって申し訳ないと思ってる」


 ……あ?


「なんやジブン、ロックがトレインPKした言うて抗議メッセ送ってきたとは思えんセリフやんか」


 ロキがそう言うと、クロウは弁解するように――


「……俺個人の感覚として、ロックさんがこういうプレイをするとは思ってないんだ。《魔女たちの夜ワルプルギス》で何度も顔を合わせてるし、そんなタイプじゃないと思ってる。マイトから『ゲームに真摯なプレイヤーだった』とも聞いたしさ」


「そしたらなんでこないなことになっとんねん」


 アンクが尋ねると、クロウはますます肩身を狭くし、


「うちのメンバーが轢き殺された、抗議してくれって……ギルマスって立場上、それを無視することはできない。絶対にロックさんだったって……要求は俺、妥当じゃないと言ったんだ。けど他にも被害に遭ったプレイヤーがいて、そのギルドはこういう要求してるって、押し切られる形で……」


 なるほどな。


 クロウの言葉を聞いてその内容を検討していると、クロウがぱっと顔を上げて言葉を続けた。


「ギルドの代表としてシトラスさんに抗議メッセを送らざるを得なかったんだけど、俺も真偽の確認からすべきだと思ってるんだ。呼んでくれてむしろありがたいくらいだ。知らなかったけど、シトラスさんとロックさんはマイトのクラスメイトなんだってな。さっき聞いたよ」


「俺もそれは今週知った。《ワルプル》界隈も案外狭いな?」


「そういう話はあとにせえや」


 腕組みをして俯くロキが言う。顔を上げないのははずみでクロウやマイトを睨んでしまわないためだろう。


「シブンがそう思てるなら話が早いわ。言うておくが、今週ロックがログインしてへんのは《月光》メンバー全員が確認しとる。うちとしては問題のPKプレイヤーはロックの偽者って見解や」


「偽者……」


 マイトが唇を震わせる。まあ、俺もオンラインゲームで自分の偽者が現れるとは思っても見なかった。


「まぁ他のとこはそういう旨のメッセ返したら身内の証言は当てにならないってバッサリだったんだけどさ。そういや《親衛隊》さんからは返信なかったよね」


 カイの言葉にクロウが頷く。


「俺は先にロックさんにも話を聞きたかったんだ。だからなんとかロックさんとコンタクトとれないかと思ってて……けどシトラスさんを通したらギルド同士の話になっちゃうだろ? そこにさっきマイトのところに非公式に話したいって連絡もらって……」


 それでそのままマイトと一緒に呼び出しに応じてくれたわけか。


「そういうことならズバリ聞こか。《親衛隊》の被害者プレイヤーはプロゲーマーだったりしますのん?」

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