第3章 《魔女たちの夜》②
「ふぅ――」
およそ三時間のギルド狩りを終えてヘッドギアを外す。
――なかなか充実した狩りだった。レベルも一つ上がったし、俺に有用なドロップはなかったものの、ロキとアンクは装備の更新ができた。
まだ《
他陣営が今回の《
部屋の時計を見ると十二時を回っている。既に就寝しているはずの両親を起こさないように静かに階下に降り、冷蔵庫からコーヒー飲料のペットボトルを取り出して自室に戻る。
美味い――期間限定のナッツフレーバー。甘すぎるのは普段は避けるのだが、このフレーバーは好きなんだよなぁ。
飲みながら部屋に戻ると、デスクに置きっぱなしに通信デバイスが振動し、立体ホログラムで表示された『橘凛子』の文字がゆっくり回転している。着信通知だ。
……………………
俺は窓の前に立ち、閉めてあったカーテンを開ける。すると、窓越しに自室の出窓からこちらを見ている凛子の姿があった。
俺も窓を開けて、問いかける。
「おう、どうした?」
「ん、ちょっと話したいなって。時間遅いけど、いい?」
ほーん、まあこいつもリーダーという立場上、考えておきたいことはあるだろう。普段ギルイベの準備に関しちゃ任せきりってことが多いからな、相談したいっていうなら全然聞くぞ。
「いいよ。んじゃ中いくか?」
そう言って俺は先程脱いだばかりのヘッドギアを指し示す。しかし、凛子は俺の提案に首を横に振った。
「碧の部屋、行っていい?」
「ああ? 俺の部屋って――」
別に《ワルプルギス・オンライン》のギルドハウスでいいじゃないかと思ったが、カイたちはもう少し遊ぶと言っていたし、他にも人によってはまだまだこれからって時間だ。
……わざわざログアウトしてから言い出したし、ゲーム内じゃ話しにくいことか?
「わぁった、いいよ」
「ん、ありがと」
頷くと、凛子はそのまま身を乗り出して――
「待て待て、直でか?」
「だめ?」
「いいわけないだろ、危ねえなぁ……玄関から来い! もうウチの親寝てるからチャイム鳴らすなよ、迎えいくから」
「――ん、わかった」
俺がそう言うと、凛子は少し不満げに頷いて窓を閉めて引っ込んでいった。何考えてんだが、ガキの頃じゃあるまいし……
再び音を立てないように階段を降りて、玄関を開ける。そのまま凛子の家の前に行くと、ちょうど玄関から凛子が現れた。
寝巻き――と言ってやるのは可哀想か。薄桃色のパジャマ姿で現れた凛子が、少し恥ずかしそうに横髪を耳にかける。
まあ、ガキの頃からこいつのパジャマ姿なんて見慣れてるので今更恥ずかしがられても困る。
「おう――こんな時間に外で話し込んでもな。こいよ」
「うん」
まあ、来いもなにも隣なんだが。
玄関を開ける前に、
「先に部屋行ってろ。階段静かにな」
「碧は?」
「キッチン寄ってく。デスクの椅子座って待っとけ」
そう言って凛子を先に行かせ、俺は冷蔵庫からもう一本コーヒー飲料を取り出して持っていく。時間が時間だし、つまむようなものはいらないわな。
静かに階段を上がる。音を立てないようにゆっくりとノブを回して部屋に入ると、俺の愛用のゲーミングチェアに腰掛け、所在なさげにキョロキョロしている凛子がいた。
「ほれ」
未開封のナッツフレーバーラテをひょいと投げて渡すと、凛子はわたわたと受け取る。
「あ、ありがと――」
「何キョロキョロしてんだ、俺の部屋なんて見慣れてるだろ」
「そうでもないよ――フルダイブゲーするようになってからは来てないよ。結構久しぶり」
「そうか?」
「うん――変わってないね、ゲームばっか」
懐かしそうにそう言って凛子はデスクの上に並んでいるゲームのパッケージを眺める。ダウンロードが主流の現代において、パッケージ版が発売されるタイトルは少ない。だが俺はこのパッケージが好きで、パッケージかダウンロードか、選べる場合はパッケージを選ぶようにしている。
「お前の部屋だって似たようなもんじゃねえの?」
「まあ、ね」
「で? 相談てなに――あ、そっちの飲みかけ取って」
俺は尋ねながらデスクに置きっぱなしだった飲みかけのコーヒーを取ってもらい、受け取ってベッドに腰掛ける。
キャップを開けて口に含み――
「――ごめんね」
凛子が謝罪の言葉を口にする。何のことを謝ってるのか――最初の幻魔竜ソロ攻略を動画サイトにアップしたことだ。
「私が切り抜きアップしたいって言ったから、《公認チーター》なんて……《
「はぁ……お前も大概しつこいな?」
ため息混じりにそう言うと、凛子は荒い語勢で――
「――だって!」
「ばか! 声でけえよ! 親寝てんだって!」
小さな声で怒鳴ってやると、凛子は肩を小さくする。あっぶね……いくら相手が隣んちの凛子だからって、こんな時間に女子を部屋に上げてるなんて知られたら小言くらいじゃすまないかもだ。
「……ごめん」
これは声を荒らげたことへの謝罪だ。俺はもう一度深くため息を吐き――
「……とりあえずこれ、美味いから飲んでみろよ」
ペットボトルのラベルを見せてそう言うと、凛子は言われるまま開封して口をつけた。
「……美味し」
「だろ。最近ハマってんだ、これ」
俺も自分のペットボトルを煽り、封をしてベッドサイドテーブルに置く。
そして、凛子が少し落ち着くのを見計らって――
「あのな? よく聞けよ?」
「うん……」
「俺はすげぇゲーム上手いわけよ。天才的なの。今は《ワルプル》にハマってるからあれだけど、格ゲーだろうがFPSだろうがその気になったら世界獲れちゃうわけ」
「……いやー、本気?」
「なんでそこ疑問なんだよ、本気だよ。俺が格ゲー本気でやり込んだらどんなプロにだって負けねえよ」
――《ワルプルギス・オンライン》のフレームレートは1000FPS――対して現代格ゲーの主流は600FPSである。半端な数字なのは昔のコンシューマ期の格ゲーが60FPSだった名残だな。
で、格ゲーってのは決まったモーションの組み合わせで有利不利を奪い合うゲームで、モーションごとにフレームがきっちり設定してある。
俺の《神眼》でフレーム見切って戦うという意味じゃ、むしろ《ワルプルギス・オンライン》より向いているとさえ思う。
「……じゃあなんて格ゲー本気でやり込まないの?」
「ガキのころ、お前が格ゲーじゃ俺に絶対勝てないから楽しくないって言ったからだよ」
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