第2章 フルダイブ・スポーツ⑥
ギィン、と甲高い音が響く。カイのミラージュブリンガーと俺のダガー、スターグラディウスが激突した音だ。
「あれ、ロックさん――今日はいつもの店売りグラディウスじゃないんだ?」
「壊すのが前提のボス戦じゃないからな――」
鍔迫り合いの形になって言葉を交わす。VITにステを振るタンクビルドのカイに比べ、STRは俺のほうが上のはずだが――両手剣を片手で押し返すのはさすがにキツイ。
分が悪いと判断した俺は自分から引いて飛び退く。仕掛けがスキルだったら《パリィ》か《スラッシュパリィ》で崩してやれたんだが、普通の立ち回りじゃ《パリィ》では大きく崩せない。
カイもそれがわかっていてのプランだろう。武器種込みだが、押し込む力は俺よりカイのほうが上だ。
飛び退った俺を見て、カイが間合いを詰めてくる。着地を狩る気だろう。ここは剣技スキルでフレームの隙間を埋めるように攻めてくるはずだ。
だが、《パリィ》は空中でも使える。いつでも《パリィ》を使える準備をしつつ、カイを見る。俺を追ってくるカイは、両手剣の間合い――そのぎりぎり外でくるっと回った。
なんだ? 剣士スキルにそんなモーションは――?
背中を見せて――そして正面に戻ったカイ。その手に直前まで掴んでいたミラージュブリンガーが消えてきた。
――《
カイはくるりと回った勢いで、横薙ぎの一撃を放ってくる――放ってきているはずだ。おい、誰だよ微妙とか言ったやつ――こんな使われ方されたら結構困るぞ!
これは普通に受けるのも、《パリィ》で受けるのも怖い。見えないものを確実にさばくのは厳しい。
ここは《スラッシュパリィ》だ。スキルじゃないぶんリターンは大きくないが、横薙ぎの攻撃なら軌道は予測できる。《スラッシュパリィ》を交錯するように放ってやれば、かち合ってカイの攻撃を無力化できるはずだ。
上から下へ――着地の挙動を利用して、斬撃を迎え撃つ形で《スラッシュパリィ》を放つ。
しかし、俺が放った《スラッシュパリィ》は、カイの剣撃と交錯することなく空を斬った。
――タイミングを見誤った!? 俺が!?
まさかだろ、と思ったが結果が物語っている。《スラッシュパリィ》の空振りで隙だらけの俺――カイの横薙ぎの一撃をまともに喰らうと覚悟を決めるが、しかし見えない剣は俺の体を素通りしていった。
いや――
互いに手を伸ばせば相手の体に届く距離――そんな間合いでカイと目が合う。カイはニヤリと笑って、そして横薙ぎのモーションから一転――拳を握って振りかぶる。そしてそんなカイの背後で、乾いた音を発し地面に落ちるミラージュブリンガーが見えた。
あの妙な一回転――背中を向けた瞬間にミラージュブリンガーを手放していたのか! 横薙ぎの一撃は《
カイが振りかぶった拳を放ってくるのがスローモーションのようにはっきりと見える。見えるが――《スラッシュパリィ》を
がつっと鈍い音。顔面を強打され、俺は成す術もなく地面を転がる。まじかよ、なんてプランだ――すげえ!
転がりながらHPを確認する。ダメージは一割にも満たない。さすがにミラージュブリンガーを手に入れたばかりだ、プランを思いついても素手の攻撃でもダメージを見込めるモンクスキルまで取得する余裕はなかったか。
――地面を掴むつもりで体勢を立て直す。カイは一瞬迷った素振りを見せ――そして手の中に新たな両手剣がすっと現れる。ミラージュブリンガーを拾いに戻るより、ストレージから得物を取り出す方を選んだようだ。
俺が立ち上がる前に追撃してくるカイ。今度こそ剣士スキルだ。《クロスフローター》――袈裟斬りから左逆袈裟に繋げるコンボで、特殊ノックバックが発生する。食らってしまえば追撃確定のコンボ始動技でもある。
だが――詰めが甘い、見えてるぜ!
立ち上がらず、後ろに転がって袈裟斬りを躱す。振り下ろされた剣が跳ね上がるように軌道を変え、斬り上げに――その起こりを抑え込むように《パリィ》を差し込む。
「――!!」
モーションを中断させられたカイが、斬り上げようとする低い姿勢のままスキルファンブルで硬直。俺の目の前でその隙は致命的だぜ!
ほぼ密着した間合いからの《デッドリーアサルト》――カイの胸をスターグラディウスが斬り裂くと、十五本の剣閃がその傷口を抉る。
容赦のない追撃にカイの体ががくりと震え――
――そして視界の端に暗黒騎士のアイコンが灯る。カイのHPはそのほとんどが消し飛んで、そして俺の視界にWINNERの文字が表示された。
決着――
「どうしたらあそこで《デッドリーアサルト》パナす選択できるの? ファンブル硬直解けたらこっちだって《パリィ》も《
カイが悔しそうに言いながら、バトル中に手放したミラージュブリンガーを拾い上げる。
「パナしじゃねえよ。硬直中に確定すると判断しての《デッドリーアサルト》だよ。フレーム的にカイの受けは間に合わなかった」
「あの攻防でその判断――さすが《公認チーター》だね」
「うるせえよ」
負け惜しみというわけでもないだろうが、軽口を叩くカイ。咎めるつもりでそう言うと、カイは振り返ってカイらしい笑顔で、
「つか《デッドリーアサルト》減りすぎじゃない? 僕一応タンクビルドなんだけど。高耐久ビルドのHP消し飛ばすってどんだけ」
「いや、それは完全に運。《カオスハンド》乗ったからだなー。クリティカルも《カオスハンド》も乗らなかったらノックバック中に間合いとって、《ソニックスラッシュ》コンボ狙うか、《
俺もスターグラディウスを鞘に納めつつ、言葉を返す。
「というか、お前こそすげえよ――なんだよあのトリックプレイ。めちゃめちゃびっくりしたわ」
「へっへー。僕もやるでしょ? ミラドラ相手に実質ノーダメ攻略決めたロックさんからファーストアタックとったよ」
そう言ってVサインを見せるカイ。興奮気味にシトラスが駆け寄ってくる。
「すごいすごい――ロックから
単純にファーストアタックってだけならシトラスも同じだが、あれは俺が敢えて受けたわけだから――シトラスもそれがわかっているだけに、カイを褒め称える。
――カイが凄かったのは確かだが、それはそれで面白くねえな。
「――あれ、ミラージュブリンガーの
尋ねると、もうバトルモードから普段の彼に戻ったカイが柔和な笑顔で答えてくれる。
「うん。ロックさん、あの効果知ってて『ボスドロップの割に微妙』って言ったでしょ。使い方深く考えてないみたいだったから、今なら絶対一本取れると思って」
「……お前がモンクスキルとってなくて助かったよ」
「そうだねー。あそこでモンクのコンボスキル打てたら半分くらい削れたよね?」
「俺は回避型だから紙装甲だよ。下手すりゃ終わったまである」
正直に俺は答える。
「まあ、そうは言ってもそこまでHP削れるほどのモンクのコンボスキルを取るつもりはないんだけどさ。ビルド的に無駄が多くなるよね」
「そうなー、素手かナックル系の武器じゃないと使えないわけだしさすがにな……でもぶっちゃけここ最近で一番テンション上がった。ぞくぞくしたよ」
「ロックにここまで言わせるなんて!」
そう言いながらキラキラした視線をカイに送るシトラス。ご丁寧なことに歓声エモーションまで出してやがる……
勝ったのは俺だぞ、おい……
「――ロックさん」
ふと気がつくと、俺の背後にラース様が立っていた。ラース様は俺の肩をぽんと叩き、
「勝利、おめでとうございます。カッコ良かったですよ」
……AIに慰められた。むう、ミラージュブリンガー――……カイにあげたりせず、売っぱらって個人ギルド設立の資金にすればよかったかな。
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