第1章 《公認チーター》④

 ――幻魔竜の体が荒いポリゴンに代わり、白い光のオブジェクトと化して砕け散る。


 同時にエクストラボスの討伐を報せるエフェクト、そしてMVPMost Valuable PlayerLALast Attackを報せるアイコン、獲得した報酬の確認ウィンドウが表示される。


 確認ウィンドウはともかく、ソロなんだからMVPMost Valuable PlayerLALast Attackは当然なわけだが、まあ、嬉しいことは嬉しい。


 俺が激戦をくぐり抜けた証であるそのMVPMost Valuable PlayerLALast Attackのアイコンをニヤニヤと眺めていると――


「――すっごーい、ホントに一人で勝っちゃった……」


 聞き慣れた柔らかい声がかけられる。俺はその声の主に向き直り、まぁなと返した。


「勝つって言っただろ」


「やー、今回ばかりはさすがのあんたもダメかもって思ってたけど」


 そんなことを言いながらボス戦範囲外の岩陰から出てきたのは、邪教のシスターを思わせる格好の女プレイヤーだった。


 いや女プレイヤーっつうか、中身は俺の幼馴染・橘凛子なんだが。ジョブはプリーストで、邪教風なのは我らが陣営の主・憤怒の魔女ラースをリスペクトしているから、とのことらしいが……まあ要するになりきりコスだわな。


 ゲームを楽しんでいるようで何よりだ。


「俺に攻略できねーゲームはねえよ」


「出た! 決めセリフ――……でも今回ばかりはちょっとカッコいいよ。普通レイド前提のボスをソロで倒そうなんて思わないもん。《完全擬態パーフェクトインビジブル》をキャンセルできるのは知ってたけど完封とか意味わかんないし、ソロでバフなしにあのアルティメットムーブを初見で突破するのも意味わかんない! つーか初見じゃなくてもあれはヤバいでしょ。私が突破できたの四回目だよ? すごい!」


 凛子は――いや、ゲームマナーに則ってキャラ名のシトラスと呼んでやるか――シトラスは俺と同じでかなりのゲーマーだ。


 と言うか、こいつ子供の頃はかなりの人見知り&引っ込み思案で、俺以外に友達がいなかった。んで俺が子供の頃からゲームばっかしてたから「一緒にやりたい」って毎日のように俺んちに入り浸って――


 中学に上がるころには立派なゲーマーになっていたというわけだ。


 つけ加えると、俺はこの《ワルプルギス・オンライン》においてトッププレイヤーの一人だとは思うが、決して攻略の最先端にいるトップランナーではない。


 なにしろソロでボス戦を超えていくと決めているわけで……そしてアクション要素が強かろうがこのゲームはRPG。レベルによってステータスが決定されているわけで。


 俺がどんなにプレイヤースキルでステータスの差を覆して攻撃を当てても、敵のDEFを貫けるATKがなければどうしようもない。自然と普通に攻略している同レベル帯のプレイヤーたちに遅れをとる。


 シトラスは、その俺より先にいるトップランナーの一人だ。俺がシトラスの立ち上げたギルドに誘われた際、ギルドに参加しても攻略はソロでやると宣言したら「碧のことはよくわかってるから頑張ってね」とエールをくれた。


 今日は「幻魔竜のソロ討伐をキメてお前らトップランナーに追いついてやる」と宣言したら、「床舐め負けたら起こしてあげる」と彼女なりの激励をくれつつ、応援と称して戦闘範囲外から俺のボス攻略を見ていたというわけだ。


「碧、聞いてる?」


「聞いてる。聞いてるからゲーム内で本名はヤメロ」


 碧――岩瀬碧。それが俺の名前だ。ちなみにキャラ名はロック。察しの通り名字からの命名だ。単純だと笑った凛子だったが、お前のシトラスも橘由来じゃねえかと返したら頬を膨らませた。まあ、俺と凛子はそんな間柄だ。


 いつものノリで本名呼びしてくるシトラスを咎めつつ、


「四回目ってことは、《完全擬態パーフェクトインビジブル》からの突き攻撃と、薙ぎ払いと、レーザーブレスで全部一度全滅してんのか」


「そうだよ! だって床舐めたら次の攻撃わからないじゃん? あーもう、すごいって称えたいけどちょっと悔しい! どんな反応したら初見であれ突破できんの?」


「超反応」


 即座に返すと、シトラスは眉をハの字にした。


「いやまあ、結構焦ったよ? 見てたろ? 《バックスタブ》の後に振り向いたミラドラミラージュドラゴンの瞳、紫になってんじゃん? 《ウォークライ》刺したのに《完全擬態パーフェクトインビジブル》のキャンセル反応なかったのは震えたわ」


「――で、時間差で《完全擬態パーフェクトインビジブル》ね。えぐいよねー」


「そうな。まあ、俺は初見で突破したが?」


「はいはい。で。その《完全擬態パーフェクトインビジブル》だけど――キャンセルできる、っていうのは偶然キャンセルしたプレイヤーがいたから周知だけど、キャンセル条件ってまだ公開されてないよね? それを完封って……もしかして条件見つけた?」


「まぁな。その偶然キャンセルされた切り抜き動画見て割り出した」


「すご――私もミラドラ戦前に何十回と見たけどわかんなかったよ」


 悔しそうに言うシトラス――だが、多分俺じゃなきゃあれは解析できないだろう。動画サイトにアップされたせいでフレームレートはだいぶ落ちていたし――俺だって当たりをつけておいたに過ぎない。実際に立ち会ってみて『2Fのキャンセル猶予』を確認できた。


「――いや、ロック相手に悔しがってもしょうがないや。私とじゃ人間性能違い過ぎ!」


 悔しそうに言うが、顔は笑っている。わかりにくいが彼女なりの褒め言葉だ。俺は礼の代わりに本心を告げる。


「お前だって俺より上手くゲーム回せる面があるだろ? パズル系はお前のほうが得意だし。それに、ゲームのプレイヤースキルってプレイングだけじゃないと俺は思ってるよ。実際、このゲームは俺よりお前のほうが上手く遊べてると思う」


「そう、かな」


「ああ。さすが有名プレイヤーって感じだ。お前のお陰で俺もギルドイベント楽しいしな」


 答えると、シトラスは恥ずかしそうに笑う。


 先の言葉通り、シトラスはこのゲームのトップランナーの一人ではあるが、それだけじゃプレイヤー人口の多いこのゲームで有名プレイヤーにはなり得ない。


 シトラスはオンラインゲームを通して他人と交流することを覚えたあとは実社会でも随分と社交的になり、明るくなった。


 中学生・高校生と成長し子供から少女になったことで、自分の容姿が整っていることを自覚して自信を得たのも良かったんだろう。今となってはゲーム中心の生活をしている俺のほうが社交性が低いと親にどやされるくらいだ。


 今の凛子は――いや、シトラスは我らがラース陣営でも大手のギルドをまとめるギルドマスターで、陣営同士で戦うギルドイベントでは代表として陣営を指揮する陣営リーダーを務めることもままある。


 俺をこのゲームに誘ったそこそこの有名人というのもこのシトラスで――つまり、シトラスこと橘凛子はそういう女子だ。


「……あのさ」


 小学校のときは「岩瀬の背後霊」と虐められていた凛子も立派になったなぁ、などと親みたいなことを考えていると、凛子――シトラスがおずおずと切り出す。


「うん?」


「ミラドラ戦さ、もし負けたら後で見返したいかなーって思って、私目線だけど動画のキャプチャしたんだよね」


「おお、マジか。サンキューな。そんで勝っちゃってゴメンな! 無駄になっちゃったな!」


 ドヤって言うと、辟易とした表情でシトラスが呻く。


「うっざ」


「多分だけどミラドラ、つーかエクストラボスソロ討伐は俺が世界初だろ、ドヤらせろよ。それで?」


「あ、うん――あのさ、最後のアルティメットムーブ凌いでスキル連打でトドメ刺すとこ、切り抜いてSNSにアップしていい?」


 シトラスが上目遣いでそんなことを言ってくる。


「は? 無理無理。俺盛り上がって『喰らえ!』とか『《デッドリーアサルト》!』とか叫んでんじゃん。恥ずかしくて死ねるわ」


 パーティで挑んでいるときならまだしも、ソロで叫びながらボスと戦う姿をSNSに晒すのはちょっとなぁ……


「じゃあ音声カットして適当に音楽差し込むから!」


「なんでそんなにアップしたいんだよ」


「あのプレイングを私しか観てないのはもったいないよ。私の幼馴染がすっごいことしたんだよって他のプレイヤーにも知ってほしいんだよ」


「む……」


 まっすぐに言うシトラスに、俺は思わず言葉を詰まらせる。


「あ、照れてる?」


「照れてなんかねえよ! ……まあ、あれだ。確か《ワルプルギス・オンライン》は配信者用にBGM素材配布してたろ。適当に差し替えとけよ? 俺の音声流したらライバルギルドに移籍すっからな」


「やった、ありがと! よーし、忙しくなってきたぞぉ」


 シトラスは嬉しそうにそう言うが――


「待て待て、お前今から編集する気か? 明日も学校が――って十二時回ってんじゃねえか」


 システムクロックに目をやると、時間は十二時をまわり日付が変わっていた。俺とシトラス――凛子の本業は高校生だ。というか、十二時回ってんのか――……ボス戦を始めたのが十時過ぎだから、結局二時間ほど戦っていた計算になる。


 テンションが上っていたせいで吹っ飛んでいたが、時間を意識したことで忘れていた疲労が押し寄せてくる。


「今日はもう寝て明日にすれば? 俺は落ちるわ。集中してたからすっげえ疲れた……パッと寝ないと明日起きれそうにない」


「起こしに行ってあげようか?」


 ベッタベタな話だが、シトラスの家は俺んちの隣で、その気になれば直接互いの部屋を行き来できる。小学生のころはそうして行き来したものだが――


「お前こないだそれやろうとしておばさんに『年頃の娘がはしたない』っつってめちゃめちゃ怒られてたじゃん。やめとけよ――起きてる気配なかったら電話してくれ」


「はいよー、了解」


「頼むな。んじゃ落ちるわ」


「うん、おやすみ」


 シトラスの笑顔に見送られ、俺はシステムメニューを開いてログアウトボタンをタップする。


 ……このときは、まさか軽い気持ちでOKした『ミラドラ戦の切り抜き動画』のせいで俺のゲーマー人生に大きな変化が訪れるとは微塵も思っていなかった。

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