あたしの任務④『ターゲットの選定方法』

 ビーハンの家をターゲットにしようと決めたのは、あたしが加入する以前に起こった出来事が、きっかけだったらしい。


 彼らはここまでの経緯を話してくれた。


 5人が彼女に会ったのは数ヶ月前、夏の夜だった。

 その日は、みんなそれぞれ仕事が終わり、夕方にはハイドアウトに集まっていた。夕食にグロスターの手料理を食べ、いつものようにタスクの計画などを話していたが、なんとなく行き詰まっていた。

 そこで5人は、ジャンの提案で、気分転換も兼ねて外に出かける事にした。五人は夜の町に繰り出した。とは言っても彼らの行き先はいつも同じだった。古いビルが並ぶ界隈を通り、細い路地の途中に立つ、他のビルよりも一段低いビルの中に入る。落書きだらけの壁に挟まれた階段を下り地下に行くと、モスグリーンのドアが見える。小さな木製の看板に手書きで『キング・エア』と書かれたその店に、5人はよく出入りをしていた。 


 こぢんまりとした店の中に、ビリヤードやダーツがあり、目立たない場所にあるせいか、集まる客も顔見知りばかりだ。外で食事をする時は、グロスターの父親が経営するレストラン『デリシャス・ケルン』に行くが、気分転換したい時はよくここにやってきた。メニューはアルコールの他にソフトドリンクやコーヒーの種類も充実していて、意外にもエスプレッソコーヒーが一番美味しかった。アルバイトの人間が一・二人いるが、この店はオーナーのビーチ=クラフトが、基本的に一人で店をやっていた。クラフトはグロスターの養父と旧知の仲で、いつも5人に優しかった。


 その日もめいめいが飲みたい物を注文し、男性陣はビリヤードに興じ、女性陣はカウンター越しにクラフトに話しかけながら他の客とおしゃべりをしていた。


 数時間をキング・エアで過ごした5人は店を出た。歩道を歩きながらジャンは鼻歌を歌っている。ビリヤードで勝ったのでかなり御機嫌だ。

 ふと、グレースが顔を見上げてあっと声を上げる。そして指差しながら大声で叫んだ。


「ねぇ大変、人が飛び降りようとしているわよ」


 グレースの声で残りの4人が一斉に顔を上げる。目の前にある歩道橋から、女の人が今にも身を乗り出し飛び降りようとしていた。


「行くぞ、ロニー」


 ジャンが声を掛け、ロニーも駆けだした。残りの3人も後に続く。彼女は歩道橋の錆びた欄干に足を掛けていた。みんなが『やめろ』『危ない』と叫ぶが彼女の耳には入らない。彼女は歩道橋の中央にある、街灯の支柱に片手を置き身体を支えながら、ふらふらと欄干の上に立っていた。身体が宙に浮く寸前、間一髪の所でジャンが身体を掴んだ。覚悟を決めて飛び降りた彼女の目が大きく見開いた。ロニーは腕を掴み二人で引っ張り上げた。 


「ドルニエさん?」

飛び降りようとした彼女に声をかけたのはミュロだった。


「あなた、ルバッスールの店の……」

 ミュロを視界に収めた彼女が力なく呟いた。

「ミュロ知り合いか? とりあえずもう一度『キング・エア』に戻ろう。ここから一番近い」

ジャンが彼女の腕を支えて言った。

「おや、忘れ物かい?」

 先程、店を出たばかりの5人が戻ってきてクラフトは声をかけた。その中に一人見慣れない女性がいる。彼女はとても具合が悪そうだ。クラフトは女性を奥のソファに案内した。


「ここで横になると良いよ。何か飲み物を持って来よう」


一昨日の事、美容室で働くミュロの店に、自分の髪を買ってほしいと女性が訪ねて来た。彼女は腰まであるきれいな栗毛をしていた。何か深い事情があると思ったミュロは、彼女をよく覚えていたらしい。


「うちのお店に来た時から様子が変だと思っていたんです。いきなり髪を売りたいって言うから。一体何があったんですか」


「最初は求人の募集を見て家に行ったんです」


 ミュロの問いかけに、ポツリポツリとドルニエは話し始めた。


 数か月前、仕事を探していたドルニエは従業員募集の求人を見て、フレデリック=ビーハンが経営する会社を訪ねた。ビーハンの家は代々続く地主で、自社ビルの中に親から受け継いだ不動産関係のオフィスがある。仕事の募集内容は事務員だったが、会社で面接をしたビーハンは彼女を見るなり「もっといい仕事がある」と自分の秘書にならないかと話を持ち掛けてきた。秘書の経験もなく自信もなかったドルニエはその話を断ったが、待遇が良かったのと、最近秘書がやめて困っているとしつこく懇願され、まずは一か月という約束で契約を交わした。


 しかし、それが悪夢の始まりだった。 

 秘書というのは名ばかりで、フレデリックのそばでセクハラばかりされ、仕事らしい仕事は任せてもらえない。会社はフレデリックが経営を行っているように見えるものの、実態は名ばかりの存在会社で、彼は堂々とした外見と高級なスーツで姿を現すが、不動産や会社経営に対する知識は皆無だった。

 オフィスには高級な家具や、大きな机、立派な椅子はある。だが、書類はすべてフレデリックの部下がこなすべき業務や決定事項であり、彼自身が積極的に手をつけることはなかった。


 彼の日々の業務は、高級なレストランや社交場での会食だった。彼がRAGの一員である以上、誰も彼に異議を唱えられなかった。

 あらゆる場所に同行させられ、嫌な思いをするたびに辞めたいと申し出るが、いつも契約書をちらつかされた。


 何とか我慢した一か月後、やっと解放されると思っていた時、彼は契約書を差し出した。


『ここをよく見てごらん。契約書には終身雇用と書いてある。自己都合で退職する場合は違約金が発生するけれど払えるのかね』

どうやら契約書は複写になってあり、一枚目と二枚目に書いてある文言が全く違っていたらしい。辞めたいのなら金を払えと脅され、高額な違約金を請求された。


「どうしても辞めたかったのですが、お金がありません。とりあえず私が嵌めていた祖母の形見の指輪を渡せと言われて応じました。この町から逃げることも考えましたが、残された家族が何をされるかわからない。あの人はRAGだから、私だけではどうすることもできない。とりあえず髪の毛を売ってお金の工面もしましたが全く足りません。このまま一生あの男のそばにいるくらいなら、もう死ぬしかない。そう思って……」

ドルニエはそこまで話すと顔を覆い泣き出した。


「絵に描いたようなクズだな」

 ジャンが呟く。


「立場の弱い人を、自分の欲望のままに扱う人間って最低よ」

 グレースが険しい顔で言った。


「今からでも、ぶん殴ってやりたい」

 ミュロがいらいらしながら吐き捨てると、一同は厳しい顔で頷いた。


 彼らの話を聞いたあたしは何か手伝えないかと考えて、ビーハン家の情報収集に協力することにした。このタスクをやってみて、彼らの仲間になるかどうか決めようと思ったのだ。

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