終わりの始まり③
そして、今に至る。
あたしはこの知らない場所で、自分の人生が終わるんだとぼんやり考えていた。
自分の一生は何だったんだろう。良いことなんて一つもなかった。せめて死ぬときは、ひと思いに殺して欲しい。死ぬときまで苦しいなんて絶対に嫌だ。
色々な思いが交錯して、タオルで巻かれている目をギュッと瞑った。
「中学生か。名前とか分かるか」
先ほど耳元で聞こえた声と同じ男の声がする。
「この鞄、確かRAGの子供も通っているはず」
今度は女の声が聞こえた。ガサガサと音がする。どうやらあたしの鞄を探っている
ようだ。
「まずは親の素性を調べないとな。ろくでもないRAGなら、身代金を要求するか」
どうしてあたしなんだろう。この人達が狙う、金持ちの子供なら学校にいるのにと、クラスの一人一人の顔を思い浮かべた。
あの子達なら、誘拐されても親がお金を出してくれる。それに比べて何もないあたしはあっさりと殺されるんだ。世の中はどこまで不公平なんだろう。悔しさと怖さが入り混じっていたたまれなくなったとき、また声がした。
「あのさ、僕たちは顔を見られているんだ。身代金を受け取った後はどうするの?」
「それはお前が何とかしろ」
「簡単に言うけれど、この前の男も大人しくなるまで暴れて大変だったんだよ、みんな手伝ってよね」
そうか、前にも男の人を殺しているんだ。やっぱりあたしは殺されるのよねと絶望的な気分になった時だった。
「学生証があったわ。ええと、名前はウィルマ=ルクレールって、ええっ、嘘でしょう?」
うつむいた頭上から、女の甲高い声がした。
『ウィルマ=ルクレール?』
驚いたように、みんなの声が重なるのが聞こえる。
「まさかな。まぁ、ゆっくり話を聞こう」
「いや、その必要はないと思うよ。もしかしたら、そうじゃないかと思っていたんだ」
ゆっくりと喋る一人の男。あたしはその声を聞いて「あれ?」と思った。どこかで聞いた声だったからだ。
「なんだ、ロニー。もしかしてこの子は」
今、確かにロニーって聞こえた。この声、聞き覚えがあるけれど、まさかね。
誰かが目隠しと口を塞いでいたテープを外した。部屋の明かりが眩しくてパチパチと瞬きをした。今まで鼻呼吸だけだったので、テープを外された口から大きく息を吸い込む。久し振りの呼吸に、空気を吸い込みすぎてむせてしまった。視界が少しずつ慣れてくる。
目の前に居る人物を見て、心臓が飛び出そうなほど驚き叫んだ。
「え? も、もしかしてロニー?」
最後に彼に逢ったのは5年前だ。さっきは一瞬だったし、気がつかなかったが、よく見ると間違いない。
「ああ、まさかこんな形で逢うとは思ってもみなかったよ。久しぶりだね、ウィルマ」
「ど、ど、どうしてロニーがここにいるの。えっ、ということはロニーが『天誅の徒』なの? う、嘘でしょ」
驚きすぎて呼吸が速くなる。
「じゃあロニー、この子は……」
ブロンドの男が訝しげにあたしを見つめている。
「ああ、俺達と同じだ。ルクレール園の子だよ。みんなが知っているあのウィルマさ」
ロニーが答える。
彼が何を言っているのか、何が起こっているのか状況が分からない。俺達と同じって、この人達みんなルクレール園にいたって言うの? どうして園にいた人が天誅の徒なんてしているのよ。
「じゃあきみは雪の日に来た赤ちゃんか?」
「え、この子があのウィルマなの」
「まぁ、大きくなって」
「こんな所で再会するなんて」
みんなが口々に喋り、あたしを見つめていた。
「えっ。えっと、あの、みなさん、あたしを知っているんですか」
わけの分からないまま呼吸を整え、やっとの思いで尋ねた。ゆっくりと自分を取り囲む一人一人の顔をじっと見る。
ブロンドの男はよく見るとイケメンだ。
短めの茶髪でぽっちゃり体型をした男の人。
ダークブロンドの髪を、ゴージャスにカールしている色っぽくて派手な感じの女の人。この人はさっきぶつかった綺麗なお姉さんだ。
ブルネットのショートカットで清楚な感じの女の人。
最後にロニー。しばらく見ないうちに随分背が伸びている。彼は昔と変わらず黒髪で精悍な顔立ちのままだ。
瞬きの回数が必要以上に多くなっているあたしに、ブロンドのイケメンが「おい」と呼びかける。あたしは首を捻り、まじまじと彼の顔を見た。
彼は、あたしと同じプラチナブロンドの髪色で蒼い眼をしていた。同級生の女子が歓声をあげそうな、綺麗な顔立ちをしている。ブロンドのイケメンは、凝視しているあたしを見てにっと笑った。悔しいが、笑った顔もイケメンだった。
「そう珍しいものでも見るような顔をするな。俺の名前は、ジャン=ホーカー。俺は生後間もない頃から13才までルクレール園にいた。この中で最年長の25歳、一応リーダーだ。付け加えると、以前の名前はジャン=ルクレール」
ジャン=ルクレール。昔、自分以外にもルクレールと名付けられた男の子がいたと、園長から聞いたことがあった。この人だったんだ。
「前に園長から聞いたことがあります。私のほかに赤ん坊の時から預けられている子供がいたって。じゃあ、あなたも赤ちゃんの時からずっと園にいたんですか」
「ああ、そうだ」
「あたしと同じなんですね……」
この人も親がいない。何と言ったらいいか分からず、俯いた。彼はあたしの呟きに『そうだな』と頷いた。
「きみが園に来たとき、俺は10歳だった。それから13歳で園を出るまで、3年だけ一緒に過ごした。とは言ってもきみは小さかったから、何も覚えてはいないだろうが。そして、ここにいる全員がきみを知っている」
「えっ?」
「何も覚えていないようだから一人ずつ自己紹介しよう。俺は終わったから……」
「それでは」
茶髪でぽっちゃり体型の男が話し出す。丸顔で人懐っこい感じの人だ。
「僕はグロスター=マーティン。23歳。ウィルマがルクレール園に来た時は8歳だったよ。11歳になって園を出たから覚えていないかもしれないけど、僕は覚えていたよ。まさか、こんな美人になっているとは思わなかったけどね」
「じゃあ次は……」
あたしとぶつかった派手な感じのお姉さんが一歩近づく。ぶつかったときは気が付かなかったけれど、彼女からはとてもいい香りがした。
「私はミュロ=ルバッスール。ミュロって呼んで。さっきはぶつかってごめんね。今は22歳。あなたが園に来た時は七才ね。私も覚えていたわよ。とは言っても10歳で園を出たからあなたとは3年くらい一緒に過ごしたわね」
「私の番ね」
ショートカットの女の人が柔らかく微笑んだ。彼女は清楚な感じ、とても優しそうだ。
「私はグレース=フリゲード。21歳よ。あなたが来た時、私は6歳ね。でもすぐ養女に出されたからあなたと過ごしたのは2年半くらいだったかしら」
「俺だけ言わないのも変だから」
照れくさそうにロニーが頭を掻いた。
「今更なんだけど。俺は19才。あっラストネームはマイルズ。そこへ養子に行ったんだ。ウィルマが来た時は4才位だったかな。俺が13才で園を出るまでよく遊んだよね。ウィルマはいつも俺の後をついてきてさ」
偶然にもここにいる5人は、あたしが園の裏にいた15年前を知っている人達だった。
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