第19話:和解

「ナンデ私がこんな格好」


 ジャスミンはステージ用のフリル多めのチャイナドレスを着させられていた。

 手にはファーのついた扇が握られている。

 THEステージ衣装。


「似合ってるぜ。嬢ちゃんも素質有りだな。いい素材を持ってきたじゃないか」

「まーね。うんとこき使ってやって」

「ウウ、こき使われル~……」

 店長はダミ子に目をやり満足気味に首肯いた。


 ダミ子は妖精フェアリー舞台ステージにジャスミンを連れていった。

 (ダミ子の圧により)嫌々ながらもレジを返したジャスミンは(ダミ子の圧により)お店の人たちに謝った。

「店長、頼みがあるんだけど」

 ダミ子は店長にジャスミンをここで働かせてもらうように頼んだ。

「嬢ちゃんかわいいし、真面目に働くならOK~」店長も快く要望を受け入れてくれた。


 次の日の夜のステージで、ジャスミンは観客の視線をかっさらった。


 見事な舞だった。

 ジャスミンは躍りが上手かった。

 先輩が教える振り付けを短時間で覚え、魅せ方を吸収、解釈すると夜のステージで華麗に舞ってみせた。

「いいぞー姉ちゃん!」

「綺麗だよー! 格好良い!」

「ひゅー~!!」


 観客はジャスミンにチップを弾んだ。

 大量のチップを腕に抱えジャスミンは歓声に応え、更にステージで躍り続けた。


 その表情ははにかみながらも、その笑顔は楽しそうだった。



「無駄なコトね」


 店じまいの最中、ジャスミンは床のはき掃除をするダミ子に言った。

「こんなことしたって我考え改めないヨ。ドロボウやめないし、ここを出たら、また盗み生活再開するネ」

 ジャスミンは水の入るバケツにタオルをつけ、窓を二、三と往復させる。

その姿を尻目にダミ子は溜まったゴミ袋の口を結びながら返事をする。


「そうだね。別に私もジャスミンをここに縛り付けようとは思ってない」

「じゃあなんで」


「こういうお金の手の入れ方もあるよって。ジャスミンは可愛いし地頭も良く真面目で、お客様さんを楽しませることができる。お客さんの歓声凄かったでしょ。なんだろなぁ、そういうの、私がジャスミンに知ってもらいたかったのかも」


 ダミ子はゴミ袋を引っ提げ店裏にあるゴミ捨て場へ向かった。


「変なヤツ」


 はたきで棚の埃をはたきながらジャスミンは呟いた。

 棚の品をどかし溜まった埃を落とす。背が小さいため上の方ははたきにくい。


「他人にかまって自分が得するワケでもないのに」


「彼女も旅をしてくうちに変わったんですよ。もともと自分の研究に夢中で人に興味を持たない人だったから」


「オマエ」

 棚の上段に置かれた品を持ち上げる手があった。

「厨房の片付け終わったから、手伝わせて」

「マース、だっケ?」

「あの時は厳しいこと言ってごめん。ジャスミン、ちゃん?」

「ちゃんはいらん。我、齢十八。立派なレディー」

「え。僕より一個下!? てっきり十二歳くらいだと」

「その方が有利ならそうしようカナ」

「こら」

 マースはダブルの意味でジャスミンに謝ると自分も布巾片手に棚の掃除を手伝い始めた。


「ダミ子さんからちょっと聞いた。妹のために旅を続けてるって。君自身も危ない目に遭ったんだろう。君にも事情があったのに善悪の物差しだけで厳しい目で見てしまった。ごめん」


「何を謝ル。それで正解ネ。悪いコトは悪いコト。我も親父オヤジと同じで手を汚した」

埃が目に入らないように、目を伏せる。


「目標の為に手段選ばない汚れた人間ネ」

「目標、か」


 布巾を動かす手が一瞬、僅かに止まる。


「僕は、ちょっとジャスミンが羨ましいって思っちゃうな」

「羨ましい? ナンデ?」

「僕の生まれた国はあんまり自由じゃなくてね……自分の意思を持つ必要がないって育てられたから、自分がこうしたい、って意思が僕にはあまりなくて。ジャスミンみたいに自分の目標のために生きるって素敵だなって思ったんだ」

「素敵なんてそんなお世辞……」


 ジャスミンは紡ぐ言葉を止めた。

 マースの目は偽りのない憐れみでもない、優しくも真剣なものだった。


「……フン。オマエもオマエで苦労してるんダナ。マース」

「だね。どこに生まれてもお互い大変だ」

「マースもダミ子お姉さんも変な奴ネ。類は友を呼ぶってカ?」

「どっちかっていうと朱に交われば朱に染まるかな」

「あと決め顔で言ってるけどメイド服ダシ」

「それは言ってくれるなよ!」


 棚はピカピカになった。



☆☆☆



 契約の一週間が過ぎ、ダミ子たちは給料を受け取った。

 ジャスミンも店長の計らいで数日分の給料を渡された。


「嬢ちゃんはすぐにでも欲しいと思ったからよ」

「アーいいよ。給料なんかなくてもまた盗みまくるから」

「それは今言うんじゃねええ!」

 野暮オオオォ! と店長は雄叫びをあげた。


「フフ、それは冗談ヨ。給料はいらん。タダ働きでエエよ。牢獄行きならなかっただけで有難いし。レジ盗んですまなかったナ」

 店長や他の従業員たちを前にジャスミンは頭を下げた。

「盗んだ身で言うのもなんだが、楽しかった。働くのイイなってちょっぴり思えた」

「……アリガト」照れ顔を見られたくないのか声は小さくうつむいたまま頭を上げない。


 店長はその下がる頭にそのまま給料封筒をぽん、とのっけた。


「なーに言ってんだ。こんくらい貰っとけ。嬢ちゃんのおかげでお客さんたちチップも料理も弾んでくれたし。大盛況だったじゃねェか」


 これはとっとけ。

 のせられたお給料を頭上でキャッチし、ジャスミンははにかみながらも嬉しそうに「アリガト」ともう一度礼を言った。

「良かったな。もしかして初給料?」

「ウン。なんか嬉しい」

「私も」

「僕もです」

「なんだ。全員初バイト給料記念だな」

 自分もずっと薬剤研究所でしか働いてこなかったため、バイト経験はなかった。

 アルバイトで給料を貰うのは初めてで新鮮で嬉しい。


「またいつでも働きに来いよ」

 店長と従業員たちに店頭で見送られダミー子たちは妖精フェアリー舞台ステージを去った。

「ダミ子お姉さん、マース」

「ん? なんだ」

「どうしたの?」

 ジャスミンが二人に声をかけた。


「お給料、さっそく使いたい」



 寄ったのは市場通りだった。

 活気溢れる市場でジャスミンは給料で色とりどりの野菜に果実、新鮮な魚介類、さらに米を一俵購入した。

「そんなに買ってどうするんだ?」

「今日は初給料ゲット記念に、二人に我の料理をご馳走するネ!」



 なんと《アジト3》は地下にあった。


 これが本拠地だったらしい。

 ジャスミンによると、戦争の時に使用されたシェルターを改造して作ったという。


「待ってナ。今料理を作るからー」

 街でこれまた購入したフリルのエプロンをつけジャスミンは小さなキッチンに立ち食材を物色する。

「凄いな。見事なリフォームじゃないか」

「長く滞在しないから装飾は少ないんだケド」

「ベッドに丸テーブル、小型キッチンまで……よくもまあ拾い集めて……あ」

 いや、盗んだ……のか?

「ここにあるのは拾い物ばかり。リサイクルアルよ」

 察したのかジャスミンが答えた。

「秘密基地みたいでワクワクしますね!」

「ディルの漫画といい、君、こういうの大好きだな」

「ワクワクドキドキするものは誰だって大好きですよ」

 少年の心を擽られたらしい。助手は興味深く部屋を見渡している。

「私は平穏がいい……」


「さ、完成! 御上がりヨー!」


「「お~っ!」」


 丸テーブルの上には湯気を立てた美味しそうな料理が並べられた。

 エビチリにチャーハン、水餃子。青椒肉絲に小籠包、棒々鶏……彩り豊かな品々は芳しい薫りで鼻孔をくすぐる。


「「「いただいまーす!」」」


 ジャスミンの振る舞ってくれた料理はどれも舌鼓を打つほど極上な美味しさで、口の中がずっと幸せだった。


「ふーっ美味しかった~」


 腹をさすり全員が幸せなため息を溢した。


「どれも美味しすぎて迷い箸しちゃいましたよー」

「な。エビチリ最高だった……君は器用なんだな。料理も躍りもできるなんて」

「どっちも趣味アルよ。ダンスや舞は妹と遊ぶ時によくしてたし、火の扱いは興味があってな。覚えるうちにレパートリーも増えたネ。知ってるカ? 中華料理は火力が命なんヨ」


 食事を終えてからもジャスミンはダミ子とマースと楽しそうに喋り続けた。


 ご馳走してもらったお礼に片付けはダミ子とマースが行った。


「ふぁ~眠くなっちゃった」


 あくびを一つ、ジャスミンは床に敷いてあるクッションにダイブしクッションを挟むように脚を絡める。

「行儀悪いぞ。一応野郎もいるんだから」

「一応ってなんですか一応って。でもジャスミン、風邪ひくよ。毛布持ってこようか」

「……ダミ子お姉さん、マース」

「ん?」

「どうかした?」


「アリガトね」


 二人に逢えて良かった。



「え……」


「先に寝てるヨ~」

 そう言ってからジャスミンはぱたりと静かになった。

 きっとはしゃぎ疲れたんだろう。

「まったく、自由な奴」

「起こさないように後でベッドに運んであげましょう」




 自分たちは油断していた。


 どうして自分たちが旅を続けているか目的を改めて突きつけられた。




ジャスミンは永眠病スリーピング・ホリックにかかっていた。




 朝が来ても目を覚まさないジャスミンは死んだように眠っていた。

 急いで妖精フェアリー舞台ステージへ彼女を運び、店長は街医者を呼んだ。

 どんなにダミ子たちがジャスミンに声をかけても、彼女が目を覚ますことはなかった。


 眠る彼女の身柄は店の空いた部屋においてくれると店長は申し出てくれた。

 ダミ子たちはよろしく頼むと頭を下げることしかできなかった。


「そういえば、嬢ちゃん店を出る前にこんなもん渡してきたんだ」


 店長はジャスミンが置いていったという封筒を渡した。

 それは一通の手紙だった。



ダミ子お姉さんとマースへ。


『端金だが残りの金はオマエらに預けるネ。心配しなくて大丈夫。これは貸しアル。目覚めたら我が取り立てに行ってやるから、それまで少しでも足しにして頑張って世界を救ってくれヨ』




 便箋と共に十万ゴールドが入れられていた。

 ジャスミンは元から給料のうちから自分たちの分を振り分けてくれていたのだ。


 受け取った手紙とジャスミンの手を握り締め、ダミ子は肩を震わせた。

 マースは震える彼女の身体を支え、自身も唇を噛み締めた。

 私たちは立ち止まっちゃいけない。

 この先を進まなくてはならない。


 ジャスミンが言ってたように、大切なのは今だから。


 アンゼリカの街は今日も愉快な喧騒で包まれている。

 一つの悲しみなど知らないように、気づかないように、明るい英雄譚が今日も云い継がれる。


「……行こう」


 絞り出すように声を出すと、ダミ子とマースは英雄の街を出た。


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