ノウカン

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話


 ナツはチョコボールを口に放り込み、ガリッと情け容赦なく噛み砕く。一瞬にしてぐちゃぐちゃになったチョコボールたちが、『お前は本当に人間なのか⁉︎』とガーガー言っていることには気づかない。

 再び、チョコボールが空を切る。口の中に吸い込まれていく。ガリッと鳴る。砕ける。溶ける。


 アキはカカオ98%の笑顔を見せた。チョコボールのシュリンクを開けると、くちばしを引き上げた。

 ――やぁ、アキ。ぼくは何枚目かな?

 銀のエンゼルがそう言った、気がした。

「うぉ! でた! 管理番号C1969、右の前から3番目、銀」

 ナツの声を聞きながら、そっと一粒手に取って、ゆっくりと口元へ運ぶ。ぱくり、と頬張ると、ゆっくりと舐め溶かした。


 この二人は、誰にどう見えようと――双子である。


 かつては四季なるものがあったらしいが、今はほとんどが夏と冬である。

 春と秋は、わずかにしかない。

「心地いい季節だったんだけどねぇ。春と秋はくちばしのエンゼルのような存在になってしまったねぇ」と、祖母はよく、チョコボールを握りしめながら言った。


 二人が産まれたのは、わずかな秋の入りだった。

『先に出てきた方が、ナツ。次に出てきた方が、アキ。そう名づけたら、あなたたちの誕生日が、あなたたちが産まれた時代の季節の変わり目だって分かりやすくていいなって思ったのよ』

 そう母が語る時にも、側にはやはり、チョコボールがあった。


 ナツとアキがお腹の中でぷかぷかと泳いでいた頃のこと。母はどうしてもチョコボールが食べたくて仕方がなくなった。そういうつわりもあるらしい。

 しかし、チョコだ。

 油分に糖分、カフェイン。妊娠授乳期には気を遣う食べ物である。

 母は諦めきれなかった。けれど、我慢もした。ギュッと箱を握り締め、クエックエッとくちばしを動かして耐えた。動かすだけで、食べはしない。ただチョコボールとクエックエッと戯れた。チョコっとしかクエない。しかしそこから吐き出される透明なチョコボールはたらふく食べた。

 他の妊婦がウエッウエッとつわりと闘っている最中、歯を食いしばりくちばしと戯れていた母。苦しくも楽しく、幸せいっぱいに過ごしていた母の腹の中は、アヒルがぷかぷかと泳ぐ風呂のように、なんとも平和な海であっただろう。


 そんな母は、驚くほど運に見放された人だった。

 いうてよく買い始めたのは二人を身ごもってからであるが、何度買ってもチョコボールのくちばしに稀に描かれていることでおなじみのエンゼルと出会うことはなかった。

 二人の父親がチョコボールを食わされているとき、自分の不運に蓋をするように母は、「あなたたちがエンゼルなのよ。黄金のね。だからここにエンゼルがいなくてもいいのよ。輝くエンゼルは、あなたたちだけでいいんだから!」と、腹に話しかけていた。


 突然、その日は来た。

 輝くエンゼルたちは、空気を吸った。そして、すくすくと成長した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る