はぐれモンスターの孤児院 短編完結

isadeatu

第1話

 イズー・タカフは金持ちの人間家族のオンボロ物置小屋の二階で暮らすおとなしい魔物の女の子。

 彼女は金持ちブライター家の一員ではないから、みすぼらしい格好をしている。

 イズーは三歳のときに親とはぐれて、その後ここに住み込みで働いている。ここではでいつも掃除や給仕をするのが彼女の仕事である。

 それから、魔法が得意なので主人ブライターの知人たち相手に見世物のように魔法をしたりもする。

 しかし魔物は人に恐れられているから、称賛をうけるのはイズーではなく、イズーを保護したと自慢するブライター氏だ。

 イズー自身はいつも孤独で、仕事仲間からも避けられ、友達といえば物置小屋に時々姿を見せるだけの鳥やアリくらいのものである。

 ブライター氏の息子ブライタージュニアは甘やかされて育てられており、がなくいつもイズーをいびる。イズーがほうきではいて集めておいた庭の落ち葉を蹴って散り散りにさせたりイズーに石を投げたり目の前でつばを吐いたりプレゼントと言って虫をあつめた箱を渡したり。

 それでもジュニアはブライターに愛されているけれど、イズーはだれからも愛されない。それにジュニアにやりかえせばこの屋敷から追い出されるのはわかっていた。

 しかしイズーはある日そのドラ息子に魔法をつかってしまった。

 なにがあったかというと、屋敷で飼っているなメス猫にほれて迷い込んできたオス猫を追い返そうとジュニアがほうきを振り回していじめているのをイズーは庭の広場で見つけた。イズーをいじめても、イズーは泣きもしないし悲しみも見せないから、ジュニアは新しい標的を見つけたわけである。楽しそうにほうきで弱ったオス猫をたたきまくるジュニア。「まったく飽きずにお前はここに来るから楽しいよ。そうだ、今度毒エサをつくってみようかな。それでこいつに食わせりゃいい」

 愉快そうに言うジュニアにとうとうイズーは今までためていた怒りやが限界をこえてしまった。

 イズーがジュニアをにらむと魔法の力でジュニアの体をうかし、突き飛ばしてしまう。ジュニアはまっさかさまに噴水のなかに落ちる。

 その無様な姿に正直イズーの心はいくらか晴れた。

 けれどもをうけることになる。ジュニアにおかしなことをしたうたがいで、ブライター夫妻により屋敷の真っ暗な地下にイズーは閉じ込められた。

 それから何日か経ちイズーは悲しみに暮れていた。物置小屋にもどりたいと思った。あるいは、自由になりたいと。

 けれどイズーには外の世界がわからない。自分が外で生きていけるのかどうかも。不安とあきらめのなか、ある日一階の床のフタになっている地上への扉がひらかれた。

 さしこむ光。そこから地下に入ってきたのは、ブライターではなく見知らぬ怪人だった。

 全身包帯だらけのミイラ男である。時折包帯のすきまからひどい生傷も見える。

 イズーはおどろきつつとまどった。さらにそのミイラ男は「さあ外に出るぞ」と意味不明なことを言う。

 イズーは仕事以外ではしゃべることを許可されていない。そのためしゃべらなかった。

 ミイラ男のあとにつづいてハシゴで一階にあがると、ブライター夫妻がテーブルについていた。

 ブライター夫妻とミイラ男はなにかもめていた。話をきいていると、孤児院の職員で、イズーを外へ連れ出そうと言うのだ。

 公的な書類もありそれを見せつけるミイラ男。前から通告していたが主人は無視していたようだ。

 ブライター夫妻はイズーに冷たいくせに反対していた。ブライター夫人も、魔物の女の子をさらっていかがわしいことするつもりなんでしょうと怒る。

「なら施設を見に行かせるだけでもいいでしょう。ここに施設のパンフレットがある。イズー、俺はここへ仕事できた。魔物が飼われているという情報を耳にしてね。そして、ひどいあつかいを受けているようだ。その資料にのっている施設にはおおくのはぐれ魔物があつまっている。よかったら一度でも見に来ないか。見てみてもしいやだったら、またここにもどってもいいんだ」

 ミイラ男は言う。イズーはかたいカバーのついた数ページの雑誌を手渡され読んだ。そこには魔物の子供たちや魔物の職員がなどをしている写真がのこっている。イズーは文字の読み書きを教わっていないので、施設の児童が描いたと思われる絵がまず目についた。それがイズーには今までにないよろこばしい感情をもたせた。

 自分もここにいけば読み書きやお絵描きができるのかもしれない、と。それは期待や希望という感情である。

「行きたい」と言いたかったがまだブライター氏の目が怖く勝手にはしゃべれなかった。イズーはパンフレットをゆびさして、ミイラ男に向かってうなずいてみせる。

 ミイラ男は満足そうにしていたが、ブライター氏は声をあらげた。

「この恩知らずが。だれが道端で飢え死にしかけてたのをたすけてやったとおもってる」

 イズーに向かって言う。

「仕事も無能なくせしておいてやったというのに。できることといえば時々私の友人たちに魔法を披露するだけじゃないか」

 ブライターはイズーに詰め寄る。しかしその前にミイラ男がたちふさがる。

「ならもういちどたすけてやりゃあいいじゃないですか」とミイラ男は告げる。

「ちっ」

 ブライターはふだんイズーにつめたいわりには、爪をかんでくやしそうにしていた。

 そのわけを、ちょうどわずかに開いた部屋のドアのすきまからのぞくジュニアがぽろりとこぼす。

「パパ、魔物にやさしい市議会議員って売り込みで今度の選挙当選するはずだったのにね」

 夫妻はジュニアをじっと見る。なにか言いたげな視線を送っていた。それをジュニアはさっする。

「ぼ、僕なにかまずいこと言った? 大丈夫だよこんなやついなくてもパパならもっとえらくなるに決まってる」

「それもそうね。かしこいわジュニアちゃん」

 ブライター夫人は手招きしてソファーに座る自分の横にジュニアも座らせ、やさしく抱いて髪にキスしてみせる。

 イズーはそれをすこしうらやましそうに見つめていた。

 ブライターはこりずに「ふふん。よしそうだこうしよう。立派な魔法学校にいれてやったということにしよう。我ながらいいアイデアだ」などと言う。

「行こうイズー。こんなゴミだめにいたらお前も腐るぞ」

 ミイラ男は自分のカバンを持って、部屋を出ていこうとする。さりぎわ、ブライター氏に彼は告げる。

「おい。こいつを利用するのもたいがいにしておくんだな。お前ら虐待の罪でしょっぴくことだってできる。けど一度こいつを助けたのはたしかなようだから今までのことはそれで免じてやる」


 イズーはブライターのもとから去ることにすこしおびえながらも、屋敷の門の前の馬車に乗りこんだ。

「猫を守るためにあのドラ息子をつきとばしたんだって? やるじゃないか」

 ミイラ男は笑う。しかしイズーはなにも言わない。

 ミイラ男はイズーがしゃべれるのかしゃべれないのか何度か確認をした。どうやらしゃべることはできるが、おかしな知恵をつけないようにとブライターが勉強や許可なしでの会話を禁じていたようだった。

 もうそんな言いつけを守る必要はない、施設では自由だとミイラ男はおしえる。それでも、まだイズーはすぐにはしゃべることにためらいがあった。

 イズーの腹が鳴ったので、いったん馬車をとめて市場で降りた。

 新鮮な優しや果物、おいしそうな食べ物にイズーは目移りする。屋敷ではパンとジュニアが残した野菜しか食べさせてもらえなかった。ときどきコックが同情からあまりもので作ったスープだけが唯一の食事のたのしみだった。

「なんか食いたいのあったら指さして教えてくれれば買ってやるよ。あそこのおにぎりとかどうだ?」

 ミイラ男が説明する。そこに、通りがかっただけのおばさんが声をかける。

「ちょっとあんたひとさらいじゃないだろうね?」

 ミイラ男の不気味な姿とイズーのみすぼらしい格好をみてにおもったようだ。

「ちがいますよ。ちゃんとした職員です。ほら。首飾り」

 ミイラ男はふところからチェーンのついた丸い銀細工を見せる。模様がこしらえており、これは国家公認の職員であることをあらわす。

「なんだ、てっきり女の子をつれまわしてる変態かと。こりゃ失礼したね。あんた、保護されたのかい。よかったねえ。ってよくみたらその子顔にウロコが……それに目もヘビみたい……まさか魔物!? ひっ。不吉だわ。しっし。はやくどっかおいき」

 おそらくやさしさで声をかけてくれたのであろうおばさんの目が、イズーの正体に気づくなり突然にをおびたものになっていた。

「魔物……嫌われてるんだ。やっぱり」

 イズーがつぶやく。

「なんだ、ずいぶんしっかりしゃべれるじゃないか」

 イズーはとまどいつつもうなずく。よく独り言を言っているからそのクセが出てしまった。

「屋敷では召使っていうのをしてたから、すこしは。ミイラ先生も私と同じ、人とはちがう魔物なの?」

「へ? ミイラ先生? ははは、こんな見た目してるからか? 俺にもいちおうハルヤって名前がある。まあそのうちわかるよ。魔物と人のちがいも。世の中のことも」

「これから私のいく、魔物の孤児院ってところなら?」

「うんそうだよ。特殊生物保育学校『イナカハイム』で」

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