第32話 慟哭の謝罪(二人の父親)

虎之助が目覚めたのは、御前試合の日の晩であった。宿屋の布団だった。


虎之助が目覚めると、久次郎と力士は慌てて別室の秀吉、秀長、胤栄、才蔵を呼びに行った。


虎之助は、自分の身体が傷だらけである事に気がついた。傷の為、身体を動かそうとすると腕、肩、足、いたる処に激痛が走る。


痛みも酷いが、身体を動かそうとすると、筋肉にも痛みと疲労があり、まるで自分の身体ではないみたいに重い。


初めは、動かそうと躍起やっきになったが、無理と分かり諦めた。




『よい、よい、無理に動こうとするでない、寝ておれ。話を聞くだけで良い。』と虎之助の状況を察した秀吉が労りの言葉をかけた。


『御前試合、・・勝負はどうなりました・・。』と出ない声を必死にだして、虎之助は秀吉へ試合の結果を聞いた。


『虎之助、お前は覚えていないだろうが、試合は、お前の負けじゃ、負けじゃがお前の勝ちじゃ、ようやった!!。』


と語る秀吉の言葉の矛盾を虎之助は、どういう意味か分らなかった。




『試合は、ほぼ互角、お前が森長可に止めを刺そうとした渾身の一撃を、長可が間一髪、自分の槍で防いだと思ったら、お前の槍が折れた。折れた槍の代わりを、取りに行こうとしたお前を、長可が後ろから狙ったのだが、才蔵殿が助太刀に入り助けてくれたのじゃ。』と秀長が試合の結末を付け加えるように説明した。




秀長の説明を受け、朧おぼろげだが試合時の記憶が蘇ってきた虎之助だが、無我夢中になっていた為か後半の内容は覚えていなかった。


但し、才蔵が助太刀をして助けてくれた事を聞いて、冗談だと思っていた兄弟子の言葉が本当だったんだと驚き、慌てて兄弟子を見ようと起き上ろうとしたが、身体に痛みが走り、それでも踏ん張り、チラッと見てまた寝床に倒れた。チラッと見た才蔵は、何もしゃべらずただ指でVサインを虎之助に見せていた。才蔵が試合の間ずっと、自分を守ろうとしてくれていた事、守ってくれた事実を知って、虎之助の目から涙が溢れ出た。




泣いている虎之助に気づいたのか、秀吉が虎之助に声をかける。


『虎之助、お前は本当にようやった。ワシの誇りじゃ、そんなお前をワシは才蔵殿の様に守る事が出来なかった。スマン、許してくれ。』


『信長様から、真槍で御前試合を命令された時に、ワシは断れなかった、いや、断らず、お前の承諾無しに受けた。』


『お前が死ぬ可能性が高いと分かっていて、それでも受けたんじゃ、自分の事可愛さにお前を捨て駒にしたんじゃ~。』


『許してくれ、トラァ~、ウゥッ』と泣きそうな声で始まった、秀吉の謝罪は、最後は泣き出してしまった。




『兄者を許してやってくれ、我らにとって、信長様は意見を言える存在ではない、兄者を、嫌、ワシも同じ場所にいたら、同じ事をしていた、我ら兄弟を許してくれぇ~。』と普段は感情を出さない、秀長も秀吉と同じ様に泣きながら謝罪したのである。




『俺が助太刀に入った後、二人が信長の前に飛び出し、試合を止めるように上奏したんだぞ、秀長殿なんか、お前を守る様に仁王立ちで信長を睨みつけたんだぞ、大した肝っ玉だったぞ。』と才蔵がフォローするように二人の当時の行動を説明してくれた。




御前試合の時、虎之助は独り戦っているつもりだった。それが、虎之助の勘違いである事にその時気づいたのであった。


会場にいた、3人は虎之助をなんとか守ろうと、救おうと、同じ思いで戦っていたのである。自分は、どうしてこんなに頭が悪いのだろう。


しかし、どうしてこんなに幸せなんだろうと虎之助は思い、哭いた。それは、トラの泣き声では無く、15歳の少年の泣き声であった。




実の父親を知らない15歳の少年と、二人の養父が共に哭いた夜だった。

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