第29話 茶番(付き人の決意)

御前試合の会場は、信長が住んでいる館の庭園で行われた。


35mの巨大な岩盤があり、岩盤には左右の両端に滝が流れていた。滝が落ちる池の前に、砂石が巻かれ、即席の試合場が作られていた。


信長の館に通じる石段を登り、門を開けると直ぐに前に試合場が用意されていた。


虎之助は、あまりの雄大さに、子供時代に聞かされた浦島太郎の竜宮城ではないかと思ったほどであった。


天下人の権力の象徴ともいえる、信長の庭園は虎之助が住んでいる世界とは別の世界では無いかと思うぐらい優雅だった。




試合場は、信長が観戦する東屋あずまや※を中心にその左右に来賓席(観客席)が並んでおり、コの字の形で試合場を取り囲んでいる状況である。


来賓客の席に座るのは、織田家中の重臣達である。その後ろに、立ち見になるが、重臣達の家来が1名だけ同席していた。


前田利家の座った席の後ろにヒゲ殿が、秀吉の席の後ろに秀長が立っている、そういう状況であった。


席に座っている織田家の重臣達は、柴田勝家、丹羽長秀、明智光秀、池田恒興と名だたる顔ぶれ、その後ろにいる家臣も、織田家中に知られた猛者共である。




しかし、試合場に入った時の虎之助には、観戦者の人数だけで驚いており、座っている者がどういう人物なのかなんて気にする余裕は無かった。ただ、観戦者の中に立ち見ではあるが、岳父がくふ山崎片家もいた事だけは分かった。しかしこの時、虎之助は自分がする御前試合の華やかさ、大きさに飲まれていた。




試合場の前に、膝をつける畳が置いてあり、虎之助は其処に誘導され膝をついて座った。虎之助の横には、付き人として才蔵がおり、虎之助が使う槍を並べている。試合用の槍、予備の槍を2本並べ終わった後、才蔵は虎之助の傍に待機する様に座った。




既に、信長以外の者は総て席についており、信長の登場を皆で待っている状況であった。


『虎之助、緊張するな、俺がついている。』と才蔵が虎之助にだけ聞こえる声で話しける。


『はい、有難うございます。・・・才蔵殿がいてくれるだけで、有難いです。』と、緊張した声で答える虎之助。




(コイツ、試合場の雰囲気に飲まれて緊張してやがる。こりゃ~不味まずいな・・・)と虎之助の声を聞いて才蔵は思った。




『虎之助、一ついい事を教えてやる、お前がもしやられそうになったら、俺が予備の槍を持って助けてやるよ。』


『もし、お前がやられたら、俺が森長可という男を俺が倒してやるよ、それを信長が許さないのであれば、信長も俺の槍で串刺しよ・・どうだ、お前俺にできると思うか?』と才蔵が悪びれた声で虎之助に聞く。




『・・ハハハッ、才蔵殿なら、やってしまいそうで怖いですね。』


『有難うございます、少し落ち着きました。』と虎之助は、7歳上の兄弟子の気持ちに感謝した。


(・・・・今一緒にいてくれる才蔵殿が頼もしい。才蔵殿なら、本当にやれてしまいそうだからスゴイ)と虎之助は思った。




虎之助は、才蔵の言った事を冗談と捉えたが、才蔵は本気であった。


才蔵は、虎之助が思っている以上に、お・と・う・と・弟子の虎之助を気に入っていたのである。


二人とも母の手一つで育てられたという共通点、それに伴う価値観の根本が似ており、修業中の共同生活の中で、才蔵は虎之助を実の弟の様に感じ始めていたのである。


又、才蔵には槍で自分の名を天下に轟かせたいという夢が有る。今日、もし虎之助が危うくなったら、槍を持ち、織田家の名だたる猛者ども相手にヤレルとこまでやって死ぬのも本望であると思った。付き人として1人しか、虎之助についていけない事を知って、久次郎と力士二人を説き伏せ才蔵が行くとした理由、もしもの時は、俺が守る!!であった。


『悪くない・・』と才蔵は虎之助には聞こえない様に小声で呟いた。




虎之助は、才蔵と言葉を交わした事で少し余裕が生まれた。余裕が生まれた事で、視野が多少広くなり、横に自分と同じように座っている対戦相手の森長可に目を向けた




森長可は、小兵の武将と聞いていたが座っているせいかそれほど小兵とは感じられなかった。秀長様ぐらいの身長はあるでのはと、グルリ見渡していると、長可の槍置き場にある十文字槍が目に入ってきた。一本は普通の槍、予備の槍を置く場所に十文字槍が置いてあるのだ。


御前試合では、使わないよな、使ってきたら、生死が関わる試合になるだろうと、虎之助は恐怖感を覚えた。


(まさか、御前試合では使わないよな・・・)




虎之助は槍から目を離すと、視線を感じたので、そこに視線を移すと、長可が虎之助をみていたのである。


虎之助は、視線を反らす事はせず、長可を見て軽く会釈をしたのである。目上の者に、対する礼儀として行った行為である。


その後、長可の視線を感じながらも信長の座る席の方向に視線を戻した。




長可は一連の虎之助の動作を観ていた、獲物を観察する蛇のような目で、虎之助を観察していたのである。




虎之助が態勢を直して、間もなく、信長と息子信忠が、会場に到着した。


二人が到着すると、席に座っている者も、立っていた者ももその場で跪ひざまずき、頭を下げた。


虎之助も、その場で頭を下げる。




『皆の者、頭を上げよ。本日は大義である。』と信長が言う。




信長が小姓に手を上げ、合図をすると、小姓2人が木槍もくやりを持て二人の元へやって来た。二人の前に木槍を置くと、足早に去っていった。


信長は、挨拶を続けた。


一昨年の長篠の合戦の勝利、最近行った紀州攻めの勝利に浮かれず、兜の緒を締める必要がある旨、区切りの良いこの日に新生織田軍の門出の日として、若武者二人の御前試合を行うと宣言したのである。


その後で、信長は、木槍を二人の前で準備した事を説明したのである。




『加藤虎之助、本日は真槍しんそうで御前試合をすると前もって伝えておいたが、初陣もすませていないお主に、温情として木槍での御前試合を許す。』『木槍を取れ。』と続ける。




虎之助は、信長から下知げちを受けた後、ほんの数秒だが、冷静に考えた。


武士は面目を第一に考える人種である。命を惜しまなくても、名を惜しめである。自分が死んでも、家は残る。自分の一族の為に、自分は捨て駒になっても本望という考えである。この考えが、この時代の武士の考えだった。


皮肉な話だが、虎之助はもともと刀鍛冶の子で武士では無かった。木槍を取って戦う事を選んでも、所詮刀鍛冶の子よと言われ蔑まれるだけであり命は助かる。




ただ、後見人の秀吉、秀長、そしてシノの父片家の名を汚す事になる。そんな事は出来るわけがない、茶番だ。


名を下げない為、いや上げる為には、無理してでも、真槍で戦う道を選ぶしかない。刀鍛冶の息子であった俺が武士になる為には、・・・これは結果が分っている茶番だと、フザケやがってと心の中で叫んだ。


朝、宿屋で考えた自分の人生を勝手に終わらせようとする存在が正に織田信長であると虎之助は確信した。




『御恩情、有難き幸せ、私加藤虎之助、心より感謝申し上げます。』


『なれど、既に私の心を決めて、この場にきておりまする、今、木槍を選べば、気が緩み、せっかくの御前試合で腑抜けた槍さばきをお見せする事になってしまうかもしれません、それは私の本意ではありません。つきましては当初のお約束どおり、真槍で行う事をお許し下さい。』と信長へ上奏する。




15歳の若武者とは思えない、見事な口上と心意気に場内は一瞬ザワついた。




畳に頭を擦り付けている虎之助の口上であった為、誰も虎之助の顔を見ていなかった。


その時の虎之助の目は憎しみと闘争の意思でギラついていた。




『・・・・ウム、・・・面白い・・天晴な心意気。良かろう、しかと戦い、予にお前の武勇を見せよ!』と信長が虎之助の上奏を許したのである。


ウォウッ、場内に一瞬歓声が響いた。




御前試合の始まりを告げる歓声だった。


虎之助の上奏を聞いた長可も、ゆっくりと嬉しそうに自分の真槍がおいてある場所へ向かった。








※東屋:庭園などに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋。

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