地獄ダンジョンの魔王様~自分のダンジョンに閉じ込められた男の華麗なる脱出劇~

かわいさん

第1章

第1話 自分のダンジョンに閉じ込められた男

『ここがボス部屋』


 魔物の姿が描かれた巨大な門が画面に映ると、コメント欄が加速する。


:ボス部屋到達ナイス!

:このままボス倒そう

:姫様最強!

:俺達に地獄の終わりを見せてくれ

:サクッと突破して魔王まで直行だ


 史上初となる地獄ダンジョン50階層のボス挑戦に同接はグングン伸びていく。大小様々な金額の投げ銭が飛び交い、さながら祭りのような騒ぎになっていた。


 SNSも大盛り上がりで、彼女の話題でトレンドが埋め尽くされていた。


「いいぞ、その調子で頑張れ。めちゃくちゃ頑張れ!」


 俺――中神なかがみ蒼真そうまは配信画面を見ながら声援を送っていた。


 画面に映る女はかつて俺を追放した憎き幼馴染だ。あの時の怒りと屈辱は今も忘れていない。でも、それでも俺はここから出たい。だから全力で応援する。


『応援ありがとう。少し休憩したら挑戦する』


 憎らしい女が壁に背を預けて休憩に入ったのを確認すると、俺は大きく息を吐いてから立ち上がった。そのまま勢いよくベッドにダイブする。最高級のベッドは相変わらずのふかふか具合だ。


「まだ50階層か。先は長いな」


 一体、いつになったら外に出られるのだろう。


「しかし、あいつのダンジョン探索を応援する日が来るとはな。人生ってのは何があるかわからんもんだ」


 ダンジョンに閉じ込められてしまったあの日も、こうしてぶつぶつ言いながら横になっていた。


 目を閉じると思い出す。すべてが変わってしまったあの夏のことを――


 ◇


 地球にダンジョンが現れて数十年。


 当時は様々な混乱が起きたらしいが、それも今となっては昔の話だ。


 ダンジョン法が制定され、ダンジョンから財宝を持ち帰って生計を立てる探索者は立派な職業となっていた。


 ダンジョンには危険がある。


 魔物と呼ばれる凶悪な怪物が徘徊しており、殺意をむき出しにして襲い掛かってくる。それだけじゃない。危険なトラップや過酷な地形も存在し、探索者は常に命の危険に晒されている。


 けれど、ダンジョンには夢があった。


 リスクもあるが、それ以上の見返りがあった。特別な能力が宿った武器、奇跡を起こすマジックアイテムの数々、自身の能力を上昇させる防具にアクセサリ、目も眩むような金銀財宝。


 人類が夢に見た宝の数々がそこには眠っていた。


 強力な探索者とダンジョン産の武具、マジックアイテムは国力に直結する。混迷する世界情勢を鑑みて、政府はダンジョン探索を強く推し進めた。


 多くの人がダンジョンに足を踏み入れ、世はまさに大探索者時代となった。


 ただし、誰もがダンジョンドリームを掴めるわけではない。


 探索者として成功する者には特徴がある。初めてダンジョンに入った際に与えられる【恩恵】が非常に強力という特徴だ。この恩恵で得られるスキルによって探索者として成功できるか決まるといっても過言ではない。


「――ケッ、スキルによって成功者が決まるとかくだらねぇ!」


 高校生になって初めて迎えた夏休み初日。


 その日の俺は荒れていた。


 中学校卒業と同時に探索者資格を得て、春休みに探索者となった。幼馴染たちを誘ってパーティーを結成し、世界最強の探索者になるという子供の頃からの夢を叶えるために日々邁進していた。


「あの裏切り者共が!」


 先週、俺はそのパーティーを追放された。そりゃもう可燃ごみを出すかのようにあっさりと追放された。


 理由は簡単で、恩恵で得た俺のスキルがゴミだったから。


 俺に与えられたのは最低最弱のクソゴミスキルで、専門サイトで調べると「探索者になるのは諦めましょう」と書かれているEランク判定のスキルだった。ちなみに、他にEランクのスキルはない。


 唯一無二のクソゴミスキルは【コア召喚】という。

 

 名前だけ聞くと強そうな印象を受けるが、このスキルで出来るのはタブレットを召喚することだけだ。


 このタブレットが何の役にも立たない。


 とても頑丈で、岩にぶつけてもビクともしない耐久力がある。耐久力はあるのだが、それだけだ。外見はどこからどう見てもタブレットなのに電源ボタンみたいなものはなく、起動できない。


 使えないだけなら単なるゴミスキルだが、クソゴミスキルと呼ばれる所以は他にある。召喚されたタブレットは頑丈だが、無敵ではない。一番の問題はタブレットが壊れると何故か持ち主が命を落とすという謎仕様だ。原理は全くもって不明だが、タブレットは所有者の命とリンクしているらしい。


 完全なる罠スキル。


 調べると、このスキル所持者は大半が失踪している。一説によるとゴミスキル過ぎて所持者が現実から逃避したからではないか、と言われている。


 クソゴミスキルを得てしまった俺は探索者として落ちこぼれになり、役立たずの烙印を押されて追放されたというわけだ。


「……世の中もクソだな。俺がいた時は誰も注目してなかったのに!」


 追放されて数日ずっと荒れていたのだが、その日に限って特に荒れていたのには理由がある。


「たかが初心者ダンジョンを攻略しただけじゃねえか!」


 昔から利用している探索者情報サイトで全国の若手有望探索者を紹介していた。そこに紹介されていたのが、俺が追放されたパーティーだった。


 ムカツクことにその記事は大いにバズっていた。若手で実力があるだけでなく、美男美女ばかりってことで話題になったのだ。


 怒りに任せてスマホを壁に投げる。


「探索者に容姿は関係ないだろ。大体、ダンジョンの難易度がアホみたいに低いから誰でも攻略できんだよ。もし俺がダンジョンを造れたら探索者共を地獄の底に叩き落とす極悪なダンジョンにしてやるのにな!」

  

 直後のことだった。手の中で何かが光った。


「っ、タブレット?」

 

 召喚した覚えはないのにいつの間にかタブレットを持っていた。


 普段は起動しない役立たずのタブレット。命を落とすリスクがあるのでなるべく召喚しないようにしていたタブレット。


 しかし、その日は違った。


 タブレットの画面中央には『ダンジョンコアデバイス』と書かれていた。訳がわからず眺めていると、画面に文字が浮かび上がった。


「なになに……人類に対する敵意とダンジョン作成の意志を感知しました。あなたはダンジョンマスターになる資格を得ました?」


 画面にはそう書かれていた。


 ダンジョンマスターという響きには覚えがある。


 確かダンジョンを経営するゲームだ。プレイヤーはダンジョンマスターとなり、好き勝手にダンジョンをカスタマイズして、財宝を求める探索者を返り討ちにするというものだ。


 RPGで言うところの魔王になって勇者を倒す、みたいな感じのゲームだ。これがまた結構面白くて流行した。


 俺もガキの頃に何度かプレイした。超絶難易度のダンジョンを作成し、迫りくる探索者共を蹴散らした記憶がある。


「おいおい、探索中にゲームで暇つぶしするのが俺のスキルかよ」


 自分のスキルの使い方を知って落胆した。


 しばし項垂れた後、タブレットを手に取った。

 

「まっ、所詮はEランクのクソゴミスキルだからな。最初から何も期待してないさ。どうせ暇だし、少しやってみるか」


 画面をタップすると説明文が流れた。予想通り、ダンジョンマスターとなってダンジョンを経営するようだ。


 このゲームは『ダンジョンポイント』と呼ばれるポイントを使って楽しむらしい。長いので今後はDPと省略する。


 このDPを使用して階層を増やしたり、トラップを設置したり、魔物の配置をしたり、ボスを選択したりするようだ。


 このタブレットはダンジョンのコアであり、破壊されたらダンジョンが消滅してダンジョンマスターは命を落とすという。


「へえ、そういう設定か。中々凝ってるじゃないか」


 DPは非常に重要で、使い方にはくれぐれも注意するように書かれていた。


「なになに……それでは早速ダンジョンを作成してみましょう。DPの初期値はあなたのダンジョンマスターとしての才能によって決まります。ここをタップして初期DPを獲得してください、ね」


 指示された場所にマークが出ていたのでタップしてみる。


 一瞬だけピリッと痛みが走った。


「っ、静電気か!?」


 少し驚いたが、気にせずタブレットに視線を向ける。タブレットの中央には見たことがない桁の数字が表示され、その後にコメントが続いていた。


「えっと、あなたのDPは歴代最高の数値です。あなたは偉大な魔王になれる器の持ち主です。さあ、今すぐダンジョンを作成しましょう。操作方法はとても簡単です。まずはこちらをタップしてください?」


 フン、ありきたりな導入だ。


 このゲームをプレイした全員にそう言っているのだろう。歴代最高の数値とかいかにも子供が喜びそうな言い回しだ。ダンジョン運営のやる気をアップさせるための常套句ってわけだ。


 子供騙しだと苦笑するが、生憎と今の俺は暇だ。


 夏休みは探索三昧の予定だったが、追放されたからダンジョンに潜ることもできない。あえてこの子供騙しに乗っかることにした。


「この俺様が魔王か。いいだろう、どうせなら最高難易度のダンジョンにしてやろう。そして、最強無敵の大魔王として君臨してやる。世界最大のダンジョンはアメリカにあるダンジョンで、測定のマジックアイテムで99階層と判明していたな。それを遥かに凌駕する本物の地獄を見せてやるぜ!」


 怒りと悔しさをぶつけるようにダンジョン造りを始めた。


 とにかく難易度を高くする。誰もクリアできない、探索者とかいう調子に乗った連中が嘆き苦しむようなダンジョンにしてやる。


 それからはダンジョン造りに没頭した。


 作業は数週間に及び、夏休み初日から始まった作業はいつの間にか終盤を迎えていた。時間が足りなかったので適度にオート機能を使用して作成したが、重要そうな階層は自分でカスタマイズした。


 その間、何度か壊れかけのスマホが震えたけど無視した。途中から震えなくなったが、壁にぶつけた衝撃で壊れたか充電が切れたのだろう。


 途中、他のダンジョンの詳細な情報が欲しくてこれまで集めたダンジョンに関する雑誌を広げて作業した。


 ずっと部屋にひきこもって作業している俺に家族はドン引きしていたが、別に構いはしない。そういえば、数日前から俺を置いて家族旅行に出かけていたな。妹が誘ってくれたけど適当にあしらった気がする。


 何度か来客もあったが、全部無視した。どうせ宗教の勧誘だろう。


 そして――


「よし、完成だ!」


 完成させたのは全666階層からなるダンジョン。


 貴重な高校生の夏休みを贅沢に使用して作成した最強最悪のダンジョンがここに誕生した。


「我ながら完璧だ。こんなの絶対誰にもクリアできねえぞ!」


 ありえないほど長いこのダンジョンには極悪すぎるトラップの数々を仕掛けてある。立ち塞がるボスはどれもこれも強力だ。うろついている魔物だって一筋縄ではいかない猛者ばかり。


 有り余っていたDPを大量投入して造り上げた完全無欠のダンジョンだ。


 もし現実世界にあったら絶対にクリアできないと断言できる。


「まだDPは余ってるな。ダンジョン産の武具とかマジックアイテムの購入もできるのか。なるほど、これを装備してダンジョンマスターを強くするってわけだな」


 装備品やマジックアイテムも片っ端から購入した。


 このゲームでは自分が探索者になるわけではないらしいが、余ったDPが勿体ない気がして超高性能な装備やらアクセサリなどを買い漁った。


 現実にある装備も多いが、知らないのも結構あった。


「ダンジョンマスターが生活する部屋のカスタマイズも出来るのか。一度でいいから最高級のベッドで寝てみたいな。豪華なバスルームとかも憧れる。どうせなら温泉にして、サウナとかも設置してみよう」


 ダンジョンを造った後でDPが余っていたのでダンジョンマスタールームをカスタマイズした。高級ベッドに豪華なバスルーム、家具も庶民の俺では一生買えないような超一流のものを揃えた。


 他にもフィットネスルームに会議室とか、様々な部屋を作成した。


「で、最後にダンジョンの設置場所を選ぶと」


 ずらりと地名が並ぶ。


 世界中どこにでも設置できることに驚きながら、日本を選択する。


 人の多いところに設置するほうがDPを大量に消費するらしい。DPを得る方法の1つに探索者が足を踏み入れることだと記してあった。今後を考えるなら人通りが多い場所のほうが有利というわけだ。


 軽くネットで検索すると、乗降客数が世界で最も多いのは新宿駅と出た。


 だったら新宿駅だな。ちょうど残った全DPをつぎ込むと設置できた。狙ったわけではないが、ピッタリ調整できるとは我ながら才能を感じる。


「よし、これで完了だ!」


 決定をタップした。


「なになに……最終確認です。ダンジョン作成ボタンをタップすると、配置する魔物の変更、各階層の構造変更、ボスの変更が不可能となります。本当にこの設定でよろしいですか?」


 確認は大事だな。しかし迷わない、力強く決定をタップする。


 次の瞬間、俺の体は光に包まれた。


 ……

 …………


 光が収まったのを確認してからゆっくり目を開けると、見知らぬ部屋にいた。


「えっ、ここどこ?」


 高級ホテルのスイートルームかのような絢爛豪華な部屋だった。背後にはキングサイズのベッドがある。試しに触ってみると信じられないくらいふかふかだった。


 知らない部屋のはずなのに、どこか見覚えがあった。


 そこが自分で設定したダンジョンマスタールームだと気付いたのは数十秒が経過した後だった。

 

「え、もしかして……本物のダンジョンマスターになったのか?」

 

 様々な仮説を頭で立てながら、それでもひとまず外に出ようと思った。


「あれ、出口がない?」


 慌てて手に持っていたタブレットを確認する。


 調べてみると、ダンジョンマスターの移動に関する項目があった。どうやらダンジョンマスター専用の転移ポータルを設置すればいいらしい。とても重要なので最初に設置するよう書かれていたが、この項目を初めて見た。


 うっかりミスだが、ここから出る方法があったことに安堵した。


「イマイチ状況がわからないからな。ひとまず、外に出て本当にダンジョンが出現したのか確認しよう。よし、1階層までの転移ポータルを設置してと」


 

 ――ダンジョンポイントが不足しています――



「……」


 こうして俺は人類史上最強最悪のダンジョン最深部に閉じ込められた。そして、4年の月日が流れた。

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