逆襲の日本神話 ~天孫降臨で占領された日本で三人の妹と〜

アクリル板W

プロローグ

 風が吹いていた。空に近いこの場所で一陣の涼風が脇を通り過ぎていく。


 されど見上げた先に曇天が晴れることはなく、あたかも世界は白き牢獄に囚われているかのようであった。


 いつからだろう、こんな閉塞感に支配されたのは。


 いつからだろう、平凡な日常が失われてしまったのは。


 決してもう戻りはしない。決してもう帰れはしない。それでも俺は……俺たちは、ギリギリの分水領でまだ踏ん張っている。


【システムコール、条件を確認しています……信仰、達成】

【システムコール、条件を確認しています……領土、達成】

【システムコール、条件を確認しています……これより、独立の是非を問う住民投票を行います。いましばらくお待ちください】


 階下から、グランドから、校庭から、声が上がる。校舎の屋上からは皆の姿がよく見えた。


 期待、不安、希望、絶望、猛り、怒り、喜び、悲しみ……数多の感情が風に乗って運ばれてくる。


 いっそ、否決されてしまった方が楽かも知れない。この先に待つものは比喩なき地獄だ。


 やれるのか、勝てるのか、それ以前に許されるのか……人が神に抗うなど。


【住民投票が終了しました。続けて、集計に入ります……賛成68%、反対15%、棄権17%】

【条件「領民」を達成しました。信仰、領土、領民の三条件がクリアされましたので独立が可能です。建国を宣言しますか?】


 そして、俺の視界の先には「はい」と「いいえ」の二つの選択肢が浮かび上がった。別に触れる必要はない、ただいずれかに意思を込めれば発動される。


 しかし、俺は未だ答えを出せずにいた。いや、そんなものはとうに決まっている。ただ、その覚悟が出来ていないだけだ。


 そんな俺の左手を小さな手が握りしめてきた。俺の胸ほどの背丈の義妹が、大人もたじろぐほどの毅然とした表情でこちらを見上げてくる。


「大丈夫、お兄ちゃんなら」


 時を同じくして、俺の右腕が豊かな弾力を感じた。次の瞬間、ゾクッとするような妖艶な笑みを浮かべながら偽妹が覗き込んでくる。


「大丈夫でございますわ、兄様ですもの」


 そして、身長差を物ともせず威嚇し合う二人を呆れるように、俺の脳内に冷淡な声が響いてきた。


『あなたたち、実妹たる私の前でいい度胸ね。兄さんなら大丈夫に決まってるでしょ』


 やれやれ、何とも情けない兄がいたものだ。俺は微かに苦笑すると、義妹、実妹、偽妹の三人に背中を押されるように選択を下す。


【建国を宣言しました。あなたは当領地の国家元首を戴冠します。国号は如何いたしますか?】


 名称はもう初めから決めていた。俺はその問いに答えるべく、遥か前方に鎮座する大軍勢を見据えながら声を張り上げた。


「天上の神々に慎んで申し上げ奉る。21世紀の世に国譲りとは時代錯誤も甚だしき。しかし、敢えてここに言おう! 葦原中津国あしはらなかつくには……未だ健在なり!」

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