灰色のキャンバス

とこちゃん

第1話 新学期に

美波みなみ 真白ましろです。よろしくお願いします、、、」


前の席の男子がこう答えた。

「どっちが苗字でどっちが名前か分かんないな」


凄くぶっきらぼうな言い方だった。


それが彼との初めての会話で


その時のわたしは


きっとこの人は私の名前を覚える気なんてないんだ、、、そう思った




今日は始業式で、私は高校2年生になった。

期待よりも、不安の方が大きい新学期だ。

なぜならクラス替えが行われて、仲のいい友だちとは分かれてしまったからだ。

私の心とは反対に、窓の外は桜が咲き誇り、

空は清々しいほど青かった。


新しい友だち出来るかな?

隣の席にはどんな子が座るんだろう?

仲良くなれるといいな——

そんな事を考えながら教室に入った。


教室に入るや否や、日の光を浴びて眩しいモノが目に入った。

思わず目を瞑る。

その正体は、窓辺から2列目の後ろから2番目の席。

ダルそうに椅子にもたれて、腕を組んでいる。

金髪の男子だった。


(うっわ...マジ?この人と同じクラス?)


心の声が漏れそうになる。

一瞬、その金髪の主と目が合った気がしたけど、すぐに「気のせいか...」に変わった



———すっごい髪、、、隣にはなりたくないなぁ....


そんな事を考えていたら

まさかの金髪の後ろの席だった。

あぁ....終わった。心の中で呟き、自分の運の無さを恨んだ。

なぜならこの人は、ちょっとした問題児で有名だから。


「おぉー!西にしぃ!頭すげぇな!」

「ちょっと、触らせろや!」

「やめろ、せっかくセットしたのが崩れる」

金髪男子の周りはあっという間に人だかりが出来る。

私の机を椅子代わりにする輩もいる。


(あぁ、もう最悪....早く席替えがしたい)

そんな事を考える。

入れ替わり立ち替わり金髪を崇めにくる騒音たち(.....さすがに失礼?)にひたすら耐え、

授業の始まりを伝えてくれるチャイムを待った。



そして、1時間目の始まりのチャイムが鳴る

担任の先生が教室に入って、直ぐに

声を荒げる

「おい!西!!なんだ、その髪の色は!!」

「すんませぇ〜ん、春なんで 光合成し過ぎちゃって♫」

教室がどっと湧いた

いいか!明日までに黒くして来いよ!!

先生のそんな言葉が耳に入っているのか否か、その金髪の持ち主は 口角をクッと上げて周りにおどけてみせた。

その金髪男子の名前は

西にし 京介きょうすけ

サッカー部の自称エース。

彫りが深くスッとした高い鼻だち。

目力も強く、整った顔をしている。

そして、サッカーで鍛えた筋肉が、男らしさを強調している。

性格は...明るい。目立ちたがり屋。

そして、物怖じしない性格。

良く先生から注意を受けているけど、歯向かって行っちゃうもんだから、見ているこっちがヒヤヒヤしちゃう。

今までの学校生活、いわゆる「いい子」で

やって来た私としては、彼の素行は好きじゃない。

自分が悪いんだから、せめて素直に謝っとけと思う。

もう、ただでさえ そんななのに

ツーブロの前髪かき上げの、金髪なんかにしちゃったもんだから、もう「ヤ◯ザ」にしか見えない。

でも、寄ってくる人の数を見ると、人望は厚いのかな?



でも、そんな考えは直ぐに断ち切られた。


「じゃあ、5月の野外授業はこのメンバーで動くから これから班に別れて 役割分担を決めてくれ。そうだな——時間は、10分もあれば充分だろう。」


先生のその一言で、教室内がざわめき始めた


悪夢は続くものなのか、西にし 京介きょうすけと同じ班だった。

どうやら名簿順らしい。


「えぇっと、、美波みなみ 真白ましろです...よろしくおねがいします...」

班別に集まって、改めて自己紹介をする。

周りは初めて同じクラスになった人ばかりで緊張してしまう。

どこを見ながら話していいのか分からず、俯きがちに名前を言った。


「へぇ、、どっちが苗字でどっちが名前か分かんないな」


西にし 京介きょうすけに突然そう言われて、どう返せばいいのか分からず

自嘲気味に笑ってみる。

チラっと彼の方を見てみると、彼の視線は窓の外を見ていた。

なんとなく、胸がチクっとした。

(言っても言わなくてもいい事 いちいち言わないでよ)

お前の名前なんて興味ない、、、そう言われている様だった。


この後の係決めのあいだ

西にし 京介きょうすけはずっと機嫌が悪いようだった。

(もしかして、わたし何かした?)

(なんなのよ...黙ってたら早く決められるモノも決められないじゃない...)

あーあ、やっぱり この人とは合わないな...

改めてそう思うと一気に憂鬱になった。

(野外授業...仮病使って休もうかな...)

そんな事を真剣に考えた


それが、わたしの彼との始まりだった。


 


    ———————————




新学期の朝。

西にし家は相変わらず騒がしかった。


京介きょうすけぇーー!! 早く起きてよ〜! 今日、始業式でしょ!? 新学期の初めくらい遅刻しないで行きなさいよっ!!」

「あ?もう起きてっし」けだるそうに答える。

「えっ!?ホントだっ!!やだ.....雪でも降っちゃうのかな....」

「うっせぇよっ!!」


我が家の朝はオカンのキンキン声から始まる。

何でかって?それは俺がなかなか起きないから

「ねぇ?なんで今日そんなに早いの?なんかあった?まさか、あんたに限って新学期から心を入れ換えるとか!?」

なんだよ。さっきは新学期から遅刻すんな!!

なんて言ってたのに

今度は「なんで?どうして?何があった?」

と、質問攻め。

仕舞いには「とうとう世界が終わってしまうんだ......」と言って

胸の前で手を組んで何かに対してお祈りをしている。

「ったく....何もねーよっ!!」

「......」

オカンの眼差しが突き刺さる

「だから、なんもねぇって!!」

急いで朝ごはんを済ませ、家を出る。

「なんかあったな」

玄関のドアが閉まる瞬間、オカンが

ボソっと呟いた。


自慢じゃないが

オレは朝に弱い。とにかく弱い。

目覚ましは、一応 7時にセットしてるが、起きるのは8時だ。(いや...過ぎるか...?)

でも、大丈夫!学校は家から近い。自転車でだいたい....20分くらい???

うん。毎日遅刻だ。

だけど、2年になる始業式の朝。

オレはいつもと違った。

「スッ」と、起きれたんだよな

なんでだろ?


その理由が分かるような気もするけど、心はそれを認めたくないようだ



   ——————————————



美波みなみ..真白ましろです...

よろしくおねがいします...」

オレの後ろの席で、緊張気味に彼女が言った。


(知ってるんだな、これが....)


で、自己紹介を聞いて出て来たオレのセリフが...


「どっちが苗字でどっちが名前か分かんないな」だった。



—— イヤな言い方だったかな?

—— 気分悪くさせたかな?

言ってしまってから、瞬時に色々考えた。

自分でも何でこんな事を言ったのか分からないけど、言ってから後悔した。


(それにしても、真白ましろ.....か、名前のように色白なんだなぁ... 今までこんな近くで見た事なかったから、分からなかったけど...)


——触ってみたい


思わずそんな事を考えてしまって

「ヤバっ!」と思う。


(オレ今、絶対に変な顔してる...)

美波みなみ 真白ましろに見られたくなくて、ぷいっと、窓の方に顔を背けた。



始業式 1週間前のクラスの発表の日

2年3組の名簿に自分と美波みなみ 真白ましろの名前を見つけた。

顔の筋肉が緩む。


—— オレ、もしかして喜んでる?

違う違う、そうじゃないと言い聞かす。


美波みなみ 真白ましろとの出会いは

去年の秋の事。

オレはいつもの様に昼休み中に体育館でバスケをしていた。

あの日の体育館はやたらとバスケをしてるヤツが多くて

特にゴール下は人でごった返していた。

女子も結構いたから、ぶつかって怪我させないように、気を使いながら やってたけど、、、

美波 真白と背中同士がぶつかった。

結構な衝撃だったはずだ、お互いそこに人がいるなんて、分かってなかったから....

でも、痛いどころか、柔らかかった。

凄く柔らかくて

オレ、びっくりして「あ!ごめん」って

振り返って言ったら、美波 真白も「ごめんね」って言って、一瞬顔を合わせた。

でも、その後でお前は すっげぇスピードでドリブルして行って、オレは呆気に取られて

しばらく立ち尽くしていた。


オレはその日、ずっと忘れられなかった。

背中同士がぶつかった感触、あの柔らかさ。

自分でも、こんな事いつまでも考えてて

エロいなって思ったりもして、もう考えるのは辞めようって思ったりもしたんだけど


夜、ベッドで寝る時、自分の背中にお前の背中がくっついてるようで、眠れなかった。

そして次の日、なんとなく校舎の中でお前の事を探した。

同じ一年だと分かった時、嬉しかった。


それから時々、体育館でバスケで一緒になって ——

一カ月くらい経って、思い切って友だちに聞いた。

「なぁ、あの子知ってる?」

「え?どの子?」

「ほら、あのポニーテールしてる子、、あ、ホラ今シュートしたじゃん。」

「あーー!美波みなみのこと?バスケ部のマネージャーだよ。」

「みなみ...バスケ部のマネージャー」

「......なに、なにぃ〜?もしかして、気になってるって?」

「いや、バスケ上手いなーって」

「あー、なるほど。なんか中学の時、バスケ部だったんだって。ほら、ウチの学校って女子のバスケ部ないじゃん」

「....どうりで上手いわけだ」

「......気になるなら紹介してやろうか?」

「そんなんじゃねーよ」

「あっ!待て待て、やっぱり美波みなみは気をつけた方がいいかも」

「え、何で?」


美波みなみはさ、ゆうき先輩のお気に入りだから」


「ゆうき先輩?」



その時は、その言葉を深く考えなかった。


後になって、その言葉に心を乱される。


それは、もう少し後の話。





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