13話、名前も知らない焼き魚

 空が朱色に染まり始めた頃、ようやく私は腰を落ち着けそうな小さな村を発見した。


 湿地帯の一角を柵で区切り、地面は水分でぬかるんだままの村だ。どちらかと言うと集落に近いところかもしれない。


 家屋も簡易的な物で、大きめの板で四方を囲み、所々の隙間は枯れ草で覆い隠している。


 そんな集落のような村でも立ち寄る旅人が結構いるのか、すんなりと入村できてしまった。


「なんか異文化って感じ」


 村の中を見回しながら歩いていると、結構な数の人とすれ違った。


 この村の住人と思わしき人々はシャツに半ズボンと涼しげな格好をしていて、露出した肌は日に焼けて浅黒くなっていた。


 そしてなぜか小さな羽根飾りで髪の一部をくくっている。


 ……なんだろう、あの羽根飾り。この村の伝統的な意匠なのかな。


「……どうかしましたか?」


 羽根飾りをしている人たちを不思議そうに見ていると、私の視線に気づいた村人の少女が首を傾げながら話しかけてきた。


 その子は私よりも背が高く、一見大人の女性に見える。しかしその表情にはどことなくあどけなさが残っていた。


 大人のように見えるのは、背の高さ以上に褐色肌のせいかもしれない。ちょっと色っぽく感じるもん。


「ええと、私旅をしていて、偶然この村に寄ったんですけど……」

「まあ、魔女の旅人さんなんですね。この村は結構旅人さんがやってきますが、魔女を見たのは私初めてです」


 人当りがいいのか、その褐色肌の少女はにっこりとほほ笑んだ。


 この様子なら羽根飾りについて聞いてみても大丈夫かもしれない。


「あの、さっきから気になってたんですけど……この村の人って頭に羽根飾りをつけてますよね?」

「ああ、これですか?」


 褐色肌の少女が左側の髪をくくっていた羽根飾りを指で撫でた。


「あはは、これはこの村の名品なんです。本物の鳥の羽根ではなくて、この辺りに生えてる木の皮で作ってるんですよ」

「へえ、木の皮で」


 ぱっと見ると本物の羽根にしか見えないけど、どうやら作り物らしい。よくできている。


「村の入口近くにあるお土産屋さんで売っているので、興味があれば見ていってください」


 自然にお土産を宣伝するなんてちゃっかりしてる。


 旅人が結構やってくると言っていたし、そういった観光産業でお金を稼いでいる村なのかもしれない。


 ならばせっかくなので、おいしいごはんが食べられるところをおすすめしてもらおう。


「夕食を取りたいんですけど、どこかおすすめのお店ってあります?」

「お店ですか?」


 褐色肌の少女は空に視線をあげて、うーんと考え込むようにうなった。


「この村って、都会のちゃんとしたお店みたいなのはあんまり無くて、屋台のような形式なんですよね。そういうところで大丈夫ですか?」

「全然平気です。できればこの村の人たちが普段食べるものが食べてみたいし」

「なら、あそこなんておすすめですよ。私も良くあそこで食べるんです」


 指さされた屋台を確認してお礼を言うと、褐色肌の少女はにこりと笑って立ち去っていった。


 うーん、すごく人当りのいい子だったな。この村の人たちって皆あの子みたいに優しいのかな?


 そんなせん無いことを考えながら、私はおすすめされた屋台へ向かった。


 屋台についてまず目に入ったのは、色々な種類の焼き魚だった。


 お皿に乗った焼き魚が台にたくさん並べられている。これはいわゆる食品サンプルのような扱いなのだろうか。


 どうやらこの村では主に魚を食べているらしい。この辺りは湖沼が多いし、近くの湖で釣っているのかもしれない。だとしたらこの魚は淡水魚なのかな。


 正直焼き魚を見ても種類とか分からないし味も想像できない。


 ここはもう直感で選んでしまおう。


 並べられている焼き魚のうち、やや小ぶりの物を指さして注文する。


 すると程なくして、焼き魚が入った皿と箸を差し出された。


 どうやら食べ終わったら皿とお箸は返却する形のようだ。周りの人皆そうしている。


 立って食べるというのは疲れそうなので、屋台の近くにあったこじんまりとした木製の椅子に座って食べることにした。


「箸……あんまり得意じゃないんだけどな」


 ついでに言うと魚を食べるのも得意ではない。ほら、骨とか……面倒だし。


 低いテンションのまま、魚に箸を割り入れる。白い身をひとつまみして口に運んだ。


「ん……なんかあっさりしてる」


 どうやら塩焼きのようで、レモンの果汁を少しかけてあるようだ。


 魚自体の味は淡泊で、癖もない。


 白身を噛むとじんわりとうまみが染み出てきて、塩気とレモンの酸味が魚のうまみを引き立てているように感じる。


 あれ、名も知らぬ魚そこそこおいしい。


 一口味を確かめておいしいと分かったら、後はもう簡単なものでどんどん箸が進んでいく。


「んくっ!」


 しかし食べなれない魚を調子に乗って大胆に食べ進めていたため、小骨が思いっきり歯肉に刺さった。


 痛い……せっかくおいしく食べてたのにちょっとテンション下がってしまう。


 やっぱり魚の骨は危険だ。今回は歯肉に浅く刺さっただけだから良かったものの、まかり間違って喉に突き刺さったりしたら怖い。喉に突き刺さった骨がしばらく取れないんじゃないかと想像したら更に怖い。気を付けないと。


 魚の骨に怯えた私は、つまんだ白身に骨が混じってないかちゃんと観察し、十分安全を確かめた後口に運ぶという方針を取ることにした。


 箸で持ち上げた白身を舐めるように見回してみる。


「むむむむ……」


 ダメだ分からん。小骨って小さくて薄ら透き通ってそうだし、注意深く見たところで発見できるものなのだろうか。


 うーん……多分これは大丈夫でしょ。骨は混じってないよ、おそらく。


 願うように白身を口に運び、数度噛んでみる。


 突然ピシッと痛みがはしり、思わず体が跳ねた。


 なんだよもー、小骨混じってたじゃんか。しかも思いっきり刺さったじゃないか。


「……めんどい」


 おいしいのに、面倒。お魚食べるの、大変。


 元来めんどくさがり屋な私には、焼き魚は中々ハードルの高い食べ物だった。


「……焼き魚の骨を丁寧に取る職業の人とかいないのかな」


 そんなバカみたいなことを呟きながら慎重に焼き魚を食べ進めていく。


 ……ようやく食べ終わった頃には、もう夕日が落ちていた。

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