10話、あの子が好きそうなピザ2

 注文からほどなくして、私の頼んだピザが全部目の前に並んでいた。


「おおー……」


 Sサイズは子供向けとのことで、確かに小さくて可愛らしいサイズだ。


 しかしそれが三枚も並ぶとちょっと壮観。


 しかも全部別種類のピザとなると、かなりわくわくする。


 まずは一番スタンダードだと思われるマルゲリータピザを食べることにした。


 マルゲリータはチーズにトマト、バジルというとてもシンプルなもの。


 でも大体シンプルなものはおいしいと相場が決まっている。私が今そう決めた。


 マルゲリータピザを切り分けて、まずは一口。


 伸びるチーズをしっかり噛み切って、ゆっくりと味わっていく。


 平べったいパン生地はよく焼けていて、サクサクの食感と香ばしさが特徴的だ。


 そこにトマトの酸味、チーズのまろやかな味、バジルのさわやかな風味が彩っていく。


 マルゲリータピザ、すごくおいしい。


 久しぶりに食べたからか、そのおいしさにちょっとびっくりしてしまう。こんなにおいしかったっけ、ピザって。


 まだマルゲリータピザは半分残っているが、ここで次のピザを食べることにする。


 お次はポテトとマヨネーズのピザだ。これはメニューで見た時から絶対おいしいと思った。


 だってポテトとチーズの時点で相性いいのに、そこにトマトとマヨネーズが加わるのだ。おいしくないわけがない。


 ということでさっそく食べることに。


「熱っ」


 ポテトが結構大きくて、中がかなり熱々だった。


 ちょっとびっくりしたがヤケドするほどではない。


 むしろそんな熱さを吹き飛ばす程にポテトとマヨネーズのピザはおいしかった。


 ポテトはホクホクで、やっぱりチーズとの相性は最高。


 トマトとマヨネーズのちょっと種類の違う酸味も混じりあって、食べれば食べるほど食欲が沸いて、また一口食べたくなる。


 マルゲリータピザほどのシンプルさは無いけど、おいしさという点では甲乙つけがたい。


 シンプルなものはおいしいけど、シンプルじゃないものもおいしいのだ。


 ポテトとマヨネーズのピザを半分食べたところで、ついに私は三つめのピザを食べることにした。


 これはトロピカルピザ。不思議な名前に惹かれて頼んだのだけど……このピザ、なぜかパイナップルが乗ってる。


 普通ピザに乗せるだろうか、パイナップルを。


 だって、パイナップルってどう考えてもフルーツだもの。なんで乗せてるんだろう? もしかしてこれおいしいの?


 興味と不思議さと訝しさが混じった思いを込めて、パイナップルが乗ったピザを見回していく。


 トロピカルピザはパイナップルの他に、小さいハムと当然ながらチーズが入っていた。


 チーズとハムがおいしいのは分かる。でも、そこにパイナップルが入ったらどんな味になるんだろう。


 もしかしてデザート系に近くなるのだろうか。パイナップルって甘酸っぱいし。


 でもこのパイナップルが乗ってるのはパンだから、甘酸っぱいのは合わないと思う……それに熱も入っているし。


 考えてもどんな味がするのかまったく分からない。


 とにかく現物が目の前にあるのだから、食べないことには始まらない。


 私は思い切って、トロピカルピザを一口かじった。


「ん……!」


 なんだこれ。なんか……なんか複雑な味。


 焼けたパンと、ハムと、チーズと、パイナップルの味がする。


 そう、ちゃんと食材全ての味がするのだ。でも、不思議とまずいということはない。


 絶対パイナップルの味が邪魔すると思ったのに……。


 このパイナップルは、酸っぱさがあまりなくてとても甘い。


 多分熱が入ったことで酸味が程よく飛び、甘みが増したのだろう。


 そしてうまい具合にその強い甘みをチーズが包み込んでいる。


 しかもハムの塩気もうまいこと作用していて、複雑な甘辛さを生み出していた。


 甘くて、塩気も感じる。相反するこの味わいが、なぜかどうもおいしく感じてしまう。


 そう、おいしいのだ。不思議なことに、結構おいしい。


 トロピカルピザを一切れ食べた私は、ほんの少しだけ口に手を当て押し黙った。


 そしてすぐにまたマルゲリータピザを食べる。


 うん、おいしい。当然のようにおいしい。


 マルゲリータピザを全部食べた後は、ポテトとマヨネーズのピザだ。


 これも、もちろんおいしい。そんなの当たり前。


 そして最後に、残ったトロピカルピザを食べる。


 ……なぜだろう。よく分からないけど、おいしい。


 パイナップルが乗ってるのに。


 かなり甘いのに。


 デザート系というわけではない。ちゃんとピザとしておいしい。


 不思議だ。


 わけがわからない。


 でもおいしいから……いいか。


 なぜおいしいのか分からないけど、おいしいのは事実。不思議な気持ちのまま、トロピカルピザも全て食べきってしまう。


 Sサイズとはいえ、三枚ものピザを食べたらさすがにお腹がいっぱいだ。


 お水を飲んで口の中をさっぱりさせてから、私は席を立った。


「……エメラルダ、あのピザ好きそうだな」


 店外に出てからぽつりとそう呟く。


 二番目の弟子であり、ちょっととらえどころがない子。エメラルダ。


 あのパイナップルが入ったピザは、エメラルダのことを思い出させる不思議な味だった。

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