P.13 追跡者①

 叩きつけるような雨になった。銀のカーテンが視界を遮る。

 電車を乗り継ぎ最寄り駅で降りたシュウは、路地を抜けデニムの上下を濡らして急ぐ。傘はほとんど役に立たない。

 路地の交差に監視カメラがあった。ビル間の隙間に巧妙に隠されている。大阪都心部ばかりでなく、場末だろうと監視の網は張られている。

 カメラの位置はすぐに把握できるが、顔をそむけはしない。ごく自然に、むしろ正面を向けたりする。

 ナノマシンで表情筋に介入し、顔認証で特定される事を避けている。シュウに似ていても、別人と判定される顔。兄弟のような顔を作っている。ナノ同調率の高い、シュウならではの裏ワザだ。

 港近くの怪しげな酒場通り。蟻の巣に似た細道が入り組む。その奥へシュウは進む。

 道の先に、ゆらりと人影が現れた。黒いエナメルの雨合羽。傘も差さずフードをすっぽりかぶっている。黒い輪郭に弾ける雨のしぶきが、街灯に鈍く輝く。

 ダブダブな合羽の中身は痩せっぽちだ。ハーフパンツから伸びる細い素足にサンダルをつっかけている。

 凄まじい殺気を感じた。途方もない精神攻撃力サイコパワーも。

「久しぶりやな、ニイチャン」フードの下に見える無精ヒゲの口が動いた。

 ――聞き覚えのある声。

「ほほお、声を覚えていてくれたんや」こちらの心を読んだように言う。

 時代おくれの関西弁…… まさか。

「そのとおりよ。ワシじゃ。枕木まくらぎサマじゃあ」フードを跳ね上げた。

 シュウは息をのむ。雨に打たれて立つ貧相な男は、たしかに枕木だ。二年前の超能力者サイキックテログループの一人。

 だが、容貌は一変していた。頭部の半分、右眼とその上部すべてがだった。放熱板ヒートシンクを備えたグレイメタリックの機械マシンが右頭部に嵌っている。固定する六角ボルトがむごい。右電子眼のレンズの奥で、青い燐光が恨みのように揺れる。

 シュウは傘を棄てた。たちまち雨粒が顔を打つ。

「なんで見つかった──そう思ってるやろ、景宮 周」

「心を読めるようになったのか?」

 相手を失神させるだけの下っ端だった。

「おうよ。APSY(エーサイ)のヤツらに脳をいじられた。麻酔なしに開頭されて針電極をブスブス刺されたわ、テメエのせいで」

 シュウに捕われた枕木は、当局によりAPSY収容所へ送られた。超能力者サイキックのアウシュビッツと呼ばれる場所だ。どれだけ恨みを買っても足りはしない。

 それが何故シャバへ戻れた?

 答は一つ。枕木はAPSYのになった。

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